柴田氏は222〜3ページに下記のように書いている。
『かつて10年以上前、柴田は、あるメーカーで風土改革のプロジェクトのサポートをした。
その際、実のところあまりうまくいかなかったという経験を持っている。…』
あるメーカーとは日産自動車のことであり、改革が失敗する原因がどこにあるかよく書かれている。
カルロス・ゴーン氏の改革が成功しているだけに、改革を成功させる要因と失敗させる要因の差がよくわかる。
日本の著名に自動車産業研究者の藤本隆宏氏と武石彰氏が編者に加わっている本である。
モジュラー・アーキテクチャーの製品とは、機能と部品(モジュール)との関係が1対1に近く、スッキリした形になっているものを指す。
各部品を見ると、それぞれ自己完結的な機能があり、1つひとつの部品に独立性の高い機能が与えられている。
モジュラー・アーキテクチュの製品の代表的なものにパソコンがある。
パソコンは、PCMCIAの規格にさえ準拠していれば、モデムであろうと、メモリーであろうとパソコンに組み込むことができ、互換性もある。
日経ビジネス人文庫 667円+税
序章 国家の興亡をかけて 第1章 日本の源流−彼らを運命づけたもの 第2章 第一次再編期 第3章 世界への飛躍、そして激突 第4章 ケイレツの歴史 第5章 もう一つの自動車 第6章 世紀末のグローバル再編 終章 自動車の世紀は続くのか
日本の自動車産業の歴史を書いた本で、『自動車 合従連衡の世界』 佐藤正明著 2000年9月20日 と似た趣旨で書かれている。
この本は、日本の自動車産業に貢献の大きかった人たちのインタビュー形式でまとめられている。
その分、生々しい現場の声が聞こえてくる。
私は現在の日本の自動車産業の繁栄の基礎は、対米輸出に始まり、それによる品質向上にあったと考えている。
今から40年ほど前の出来事であるのに、先人たちの経営判断の良さは忘れさられようとしている。
日本車の品質は、この米国輸出を通して、米国でも認められる品質をということで向上してきた。
トヨタ自動車の輸出を決めた神谷正太郎氏、ホンダの本田宗一郎氏・藤沢武夫氏の好判断があった。
日本人として3人目に自動車殿堂入りした日産自動車の片山豊氏は、長年のアメリカでの販売が認められたものであった。
アメリカでは「ミスターK」と呼ばれ、「フェアレディZ」の育ての親として知られている。
この頃の日本車は品質が低く、サービス体制の充実を最優先させた。
1980年代、日本の自動車産業は品質の高さと低コストで世界を席巻した。
日本車の品質の高さと低コストを培ってきたものは何かを忘れてしまったため、日本の自動車産業は停滞してしまった。
日本の自動車産業の歴史は長くないが、大切な部分が忘れ去られている。
今後の自動車産業を考える上で、その歴史を正しく理解することは重要であり、これがこの本の主題であろう。
リッチ・ティアリンク、リー・オズリー著 2001年7月31日翔泳社 2200円+税
第1章 序幕 第2章 出発 第3章 変化への進路 第4章 意識拡大集会 − 試練の時 第5章 ビジネスプロセス 第6章 評価と開発 第7章 ピラミッドの集結 第8章 報酬体系 第9章 生涯学習 第10章 コミュニケーションの改革 第11章 協力関係 − 成功例 第12章 旅の道しるべ 第13章 旅をふり返って
ハーレーダビッドソン社は、日本でもおなじみの大型オートバイメーカーである。
1903年にウィリアム・ハーレーとダビッドソン3兄弟がミルウォーキーに設立し、アメリカ資本で唯一生き残ったオートバイメーカーである。
1969年に敵対的買収を回避するために、アメリカン・マシン・アンド・ファンドリー社に買収される道を選んだ。
しかし、経営がうまくゆかず、1981年に社内の幹部グループが、レバレッジド・バイアウトによって、独立企業に戻った。
大型バイクの市場規模は着実に縮小し、日本メーカーの脅威を受けていた。
著者のひとり、リッチ・ティアリンク氏は1981年にハーレー社に入社し、社長兼CEO、取締役会長を経て1999年3月に退職した。
ハーレー社は、何度か製品開発に失敗したのち、84モデルのエボリューション・エンジンにより奇跡の回復をした。
この本は、この奇跡を扱った本ではない。
ひとまず業績回復した後に、トップダウン型の指揮管理方式の経営を、対話式の共同責任型の経営に変えていった過程が書かれている。
もう1人の著者リー・オズリー氏は、組織活性化のコンサルタントであり、1987年からハーレー社の改革に取り組んだ。
この本に書かれた変化のプロセスは下記のとおりである。
リー・オズリー氏がよく勧めるのは、各組識から集めた代表でコア・グループを編成し、暫定的な『理想的な未来のビジョン』を作成する任務を与える方法だ。
この代表グループがコンセンサスに到達すれば、ビジョンを組織全体で共有できるし、ステップ2に、はるかに多くの従業員を引き込むことにつながる。
この方法は、カルロス・ゴーン氏が行った日産自動車の改革によく似ている。
各組織から集めたクロス・ファンクショナル・チームで日産リバイバルプランを作成した。
異なるのは“燃え盛るプラットフォーム”を強調し、危機感を推進力として改革を推し進めていったことである。
ハーレー社は『理想の未来』で変化を動機づけることによって改革を行った。
労使関係改善という目的を持って、労働組合といっしょにジョイント・ビジョンという形で『理想的な未来』を描いていった。
日本の労働組合とアメリカの労働組合が全く異質のものであるため、我々日本人にはわかりにくい点もある。
(株)ダイヤモンド社 1500円+税
序章 トヨタ式を支える人間力の原点にあるもの 第1章 世界標準となったトヨタ式経営システム 第2章 人間性を尊重するトヨタ式経営システム 第3章 トヨタ式を実践できる人・できない人 第4章 人間の知恵は無限である 第5章 高度な文化に支えられた日本人の知恵 第6章 問題を表面化し解決する 第7章 今日より明日はまちがいなくよくなる 第8章 百見は一行にしかず。会社のなかに評論家はいらない 第9章 あなたは働いていますか。動いていますか 第10章 日々改善・日々実践。勝ち続ける企業が行なっていること
トヨタ自動車やトヨタ生産方式に関する本が、書店にあふれている。
それにも係らず、全くと言って良いほど、トヨタ生産方式は理解されていない。
トヨタ生産方式は、カンバン方式等の確立された生産手法ではない。
トヨタ生産方式は、ものの見方・考え方と仕事の進め方そのものである。
それを著者たちは人間力と呼んでいる。
トヨタが目指しているのは人を大切にする職場であり、トヨタ生産方式も同じである。
『人にやさしく』と『人を大切に』は異なる。
『人を大切にする』とは、現場1人ひとりが、いわれたまま、決められたままに身体を動かすのではなく、『知恵』を使って仕事をすることである。
働く人すべてが100%の能力を発揮できることである。
テキストなき時代には、自分の頭で必死に知恵を絞り、自ら実行に移していくしかない。
1人ひとりが『考え抜くこと、やりぬくこと、やり続けること』を実践しなければならない。
それに対し、人にやさしくは甘えの構造です。
たえざる自己研鑚が求められ、知恵をフルに働かせるよりは、いわれた事柄だけやっていたいという人もいる。
このような人は、特に変化を恐れ、変化を押し留め、十年一日の如く、決まり切った仕事を続けることを目標にしている。
現在は複雑になったので、知識をモノマネしても、ほとんど成果は上げられなくなった。
知識に独自の知恵を付加しなければ、成果はでないのである。
例えは、カルロス・ゴーン氏が大きな成果を上げたクロス・ファンクショナル・チームをマネして作っても全く成果を上げられない企業もある。
これを称して、『神は細部にやどる』ということもある。
私事になるが、『安全はすべてに優先する』は怠け者の合い言葉であると確信している。
だが、この本では『安全はすべてに優先する』と書いている。この違いは何であろうか。
『本人さえ気を付けていれば怪我をしない』『ルールを守れ』という対症療法的解決策を強調するだけでは、怠け者の合い言葉といってよいであろう。
100%の能力を発揮できても、安全のため50%の能力で仕事をするように言っているのである。
それに対して、この本では不安全な動作を排除することによって、本来持っている100%の能力を発揮できることを目的にしている。
変更が必要な規則(標準作業)は変え、必要な設備・機械への投資を行ない、作業者に対する職業訓練を強化する。
『安全はすべてに優先する』と言っても、行なっていることは180度異なる。
『ものの見方・考え方』を根底から変えることが、どんなに大変なことか想像がつこう。
トヨタ流にいえば、知恵を出す仕組み、ホンダ流にいえば、創造する仕組みが自働化である。
トヨタでは『5つのなぜ』と『作業標準』が知恵を出す仕組みである。
ちなみに、ホンダでは『二階に上げて、はしごを外し、火をつける』という考え方である。
ほんとうに困らなければ、知恵は出てこないということで、困る状態に身を置くことを実践している。
ここが『人にやさしい』か『人を大切に』かの分かれ道になる。
トヨタ生産方式のもうひとつの柱のジャスト・イン・タイムは価値観を表しているのかもしれない。
単に、在庫を持たないだけでなく、工場で作られた製品はお客様に渡って初めて商品に生まれ変わることを示している。
絶えず、根本的解決策のために考え抜き、知恵を出すことをお勧めします。
日本経済新聞社 1400円+税
プロローグ 変わらねばと思いつつ変わりきれない日本企業 第1章 なぜトヨタは変わり続けるのか 第2章 トヨタ式企業革新の展開方法 第3章 変化し続けるトヨタのDNA 第4章 キーワードは経営マインド 第5章 革新型人材を育てる土壌はなにか 第6章 トヨタ方式に見る「日本的改革」 第7章 進化する組織と変革型人材 第8章 本気でやる気のある前向きな集団をつくる 第9章 変革の中核を担うリーダーの要件
『なぜ会社は変われないか』の著者の柴田昌治氏と、トヨタグループの関東自動車工業で長年にわたって現場改善から生産システム構築に携わってきた金田秀治氏の共著である。
この本に著者の分担については書かれていない。
プロローグと第7章から第9章までは柴田昌治氏が、第1章から第6章とまとめは金田秀治氏が書かれたと推定できる。
著者たちは2人の考えは同じであると書いているが、読んで見た感じは別の著作のように感じる。
そもそも工場や生産部門は守旧派の砦と考えるのが一般的であり、10年1日ごとく考え、改革を寄せ付けないところという印象を持っている。
改革を行なおうとすると面従背反で妨害する部門という思いを持っている人も多いのではないかと思う。
金田氏は生産部門こそが改革の推進しているようにとれる書き方をしている。
だが、私は個人的にはトヨタ自動車の改革を推進したのは、奥田元社長以下の経営者であり、『トヨタ「奥田イズム」の挑戦』 にその苦労が書かれている。
しかし、トヨタ自動車では生産部門が改革に適した体質を持っていると考えられる。
これはトヨタ生産方式が技法や技術だけでなく、企業文化や社風を含んだ思想であると考えることができる。
トヨタ生産方式が持っている改革の手法と、柴田氏の改革の手法が同じであると考えている。
対話がないところには問題の解決への道はない。『考える力』がないのだ。
考える力を失うと、組織はダイナミズムを失い安定志向になる。
人々は防衛的になり、自分や自分の部署に都合の悪い情報は出さなくなる。
お互いに牽制し合うことが多くなり、多大なエネルギーを組織内部に向けて浪費する人がたくさん現われる。
また、自ら考える能力がないと、何でも全て他社のモノマネしようとし、自ら新しい取り組みができなくなってしまう。
このような諸現象が出てくることによって生産性は当然低くなる。
トヨタ生産方式では考える力を尊重する、それもイノベーティブな能力を、『自主的な常識はずれの改善活動』として身につける仕組みが整っている。
人間というのは放っておいても一生懸命努力することがある。
人間は『その気になる』ような環境に置かれたら本気になる。
トヨタ生産方式は“『自ら考える』ことの大切さ、人間の知恵は無限だ、その可能性を信じる”という人間に対する見方を持っている。
トヨタ生産方式は単なる生産方式を伝授しているものではなく、改善をどのように行うか、または改善を行える人を育てる道具なのである。
トヨタ自動車の社風が形成されるのと同時に、トヨタ生産方式ができあがっていったため、トヨタ生産方式にはトヨタ自動車の社風が強く染み込んでいる。
このトヨタの7つの習慣は、社員の行動指針として定着している。
柴田氏の“気楽にまじめに話しをする場”を実現させることができる。
また、基軸とは原理・原則のことであり、判断の基準であり価値観である。
経営マインドを持った人物とは、この基軸をしっかり共有している人である。
まさにこの経営マインドを持った管理監督者が、金太郎飴のごとく変革リーダーシップを取っている。
経営マインドを持つ人は、明日の準備をしている人である。
これがトヨタ自動車が変革を続けられる良い企業風土を持っていることにつながっている。
経営マインドを作っている基軸は、次の4つの規範である。
もうひとつのトヨタ生産方式の特徴は、変革リーダーを育てることである。
トヨタ自動車では『自主的に』改善活動が行われているわけだが、これはインフォーマルな仲間集団がさまざまに結びついて日常的に『明日の準備』の仕事に取り組んでいる。
参考文献
プロローグ 成果あげたリバイバルプラン 第1章 ゴーンは革命を起こした 第2章 ルノーはなぜ日産と組んだのか 第3章 波及するゴーン革命 第4章 新しいリーダーの条件
『あなたは今話したことをコミットメントしますか。目標を達成すると、責任をもって約束しますか』
コミットメント(約束)は、カルロス・ゴーン氏が日産の社員と話す時に必ず交わす言葉であり、日産リバイバル・プランを象徴する言葉でもある。
ゴーン氏は社員からうまくイノペーションを引き出し、これをコミットメントさせるという経営の王道という手法で日産自動車を復活させた。
例えば、購買コストの低減があります。
従来のアイデアを集めれば10%程度の購買コストの削減は可能であった。
しかし、ゴーン氏の要求しているのは、従来の方法にとらわれないイノベーションであり、アグレッシブ(積極的な)な目標であった。
その結果20%の購買コスト削減が決った。
日産自動車の不振の原因を5つあげている。
企業の目的は競争力の強化であり、利益の確保です。
利益を上げるのは、社内に自由な起業家精神をもたらすためです。
利益を資源として使って投資し、夢や目的を達成するためなのです。
そこで購買コストを3年間で20%削減を目標に掲げました。
サプライヤーからの購入量を増やすか、サプライヤーと協力して部品規格を統一するなど、ムダを省く必要があります。
コスト削減を通じて技術革新なども実現できるのです。
購買計画達成のため、開発、購買、サプライヤーの3者が、日本、米国と欧州の3地域にまたがって、3年間のコスト削減計画を進める3−3−3推進活動を行った。
サプライヤーの削減も計画どおり進んでおり、部品サプライヤー数は22%、サービスその他のサプライヤー数は33%それぞれ減少している。
2000年9月の中間決算の段階で1420億円のコスト削減効果を上げた。
同様に、トヨタ自動車も3ヶ年で30%のコスト削減を図る計画を発表した。
戦略をトップが知っているだけでなく、従業員と分かち合うことも大切です。
戦略は情勢の変化に素早く対応し、将来に明確なビジョンを持てるようにたえず見直し、点検すべきです。
前向きの行動計画として、魅力的なターゲットを絞った商品が企業に成功をもたらす。
顧客に焦点を当て、競争相手が見ていないことを見てこそ、市場に創造性と進歩をもたらすことができる。
日産自動車は2000年度からの3ヶ年間で、22の新型車を投入するという。
『日本を変えているのは、ゴーンのような新しい価値観を持った外国人経営者ではないか』と言われている。
ゴーン氏の成功は、26年間も市場シェアーを低下させ続け、精神的にも負け癖がついていた日産社員の人間では、立て直すことができなかった。
成功の第二の要因は、正しい方向を選択できたことです。
社内に横断的なチームを作って厳しいが建設的な計画を作り、社内から信頼できるコミットメントを取り付けて実行したのです。
第2章はルノーと日産自動車の提携のいきさつについて詳細に記載してある。
第3章はダイムラークライスラー社と三菱自動車の提携等、ゴーン革命が多くの日本企業に及ぼした影響について書いている。
三菱自動車に派遣されたロルフ・エクロード氏は、1980年代にはメルセデス・ベンツを技術重視の車からマーケット志向の強い車へと変えるプロジェクトに参加し、国際的なブランドを確立した。
同様のことが三菱自動車でも行えれば、三菱自動車の改革は成功したと言っても良いのではなかろうか。
ダイムラーベンツ社とクライスラー社との合併は、大きな衝撃を持って世界中に伝えられた。
その合併を扱ったものが、この本である。
ダイムラーベンツ社とクライスラー社の合併の発端は、ガジノ王のカーコリアン氏というアメリカの富豪と元クライスラー社長のアイアコッカ氏によるクライスラー社買収の提案から始まった。
この買収はカーコリアン氏の買収資金不足により失敗し、カーコリアン氏とクライスラー社はとりあえず和解した。
この時、この買収からクライスラー社を守るため、ダイムラーベンツ社から資本出資を含むQスターという合弁事業検討していた。
なお、この合弁事業は成立はしなかった。
この2社の合併がマネーゲームと言われたのは、このような背景があったからである。
1997年9月に日産の塙社長は、フランクフルトモーターショーを見学するため訪独した。
この時ダイムラーベンツ社のCEOのユルゲン・シュレンプ氏から、大型トラックでの提携を提案されたという。
丁度同じフランクフルトモーターショーの初日のディナーで、シュレンプ氏はクライスラー社社長のボブ・ルッツ氏に合併を提案していた。
『「イートン(クライスラー社会長)に電話してみたらいかがですか?」とルッツは言った』という。
翌年1月にデトロイトで行われる北米自動車ショーに出かけたシュレンプ氏は、12日にイートン氏と会い、合併を提案したという。
この会談は17分程度しかかかっていないという。
その会談の10日後に、イートン氏はシュレンプ氏に電話した。
『「ユルゲン、先日のご提案はいいアイデアだと思います」イートンは言った。「お話しましょう」』
2月12日、スイスのジュネーブで2回目の会談が行われた。
5日後ニューヨークで交渉団の交渉が2日間行なわれた。
2月下旬ニューヨークで8日間、交渉団に弁護士が加わって合併をどのような形で進めるか協議された。
第3回目の会談は3月2日に、スイスのローザンヌで行なわれた。
3月18日に、交渉団はロンドンで2日間協議を行なった。
4月9日にロンドンで4回目の会談が行われた。
5月3日にニューヨークで2日間の会談が行われた。
5月7日午前7時プレスリリースが出され、合併が発表された。
1998年11月18日に、ダイムラークライスラーの株がニューヨーク証券取引所で取り引きを開始し、新会社が発足した。
2000年10月にフィナンシャル・タイムズに『シュレンプの指し手』という記事が掲載された。
『《フィナンシャル・タイムズ》の記事は、シュレンプについての多くの人物紹介と同じように始まり、「世界最高の自動車会社」をつくりあげるという戦略上の未来像を強調していた。
だが、いかにして、またどうして、クライスラーを買ったかに関するシュレンプの驚くべき説明は、以前には彼の口から一言も出たことのないものだった。
シュレンプがかつて対等のパートナーとして迎えたその会社は、ダイムラーの一部門以外の何物でもなくなっていた。だが、クライスラーを買うため、また、イートンをはじめとするその会社のあらゆる人々を説得するため、シュレンプは自分の意図を隠さなければならなかった。
それは単なるチェスのゲームだった』(P513)
日産自動車との提携は、合併直後の提携ということもあり、取締役会で否決された。
『ストールカンプ(元クライスラー社社長)は、日産の買収は途方もなく危険だと考えていた。
「日産にはもはや何の力も残っていない」と彼は言った。アメリカ側は、もっと小規模で危険の少ない三菱自動車を買収するようシュレンプを説得しようとした。
だが、彼はそれを受け入れようとしなかった。
日産はこれ以上ない選択肢だとシュレンプは言い張った』(P436)
3月10日、ダイムラークライスラーの取締役は、日産の買収を否定したという。
3月10日の夕刻、シュレンプ氏は来日し、日産自動車の塙社長にこの旨を伝えている。
その翌年の2000年3月27日に三菱自動車の34%を買収した。
その3月末には共同CEOのイートン氏は、退職した。
このことからもこの合併が単なるマネーゲームでなく、世界規模の自動車産業の再編成を視野に入れたものと理解できる。
第1部 ビジネス・アーキテクチャ概論 第1章 アーキテクチャの産業論 第2章 アーキテクチャという考え方 第2部 アーキテクチャとビジネス・システム 第3章 半導体産業におけるアーキテクチャの革新 第4章 自動車産業におけるモジュール化 第5章 金融業のアーキテクチャと競争力 第6章 海運業のコンテナ化 第3部 製品開発のアーキテクチャ 第7章 ソフトウェアの開発手法と構造 第8章 携帯電話端末開発における開発アプローチ 第9章 工作機械メーカーの製品開発 第4部 アーキテクチャと組織 第10章 アーキテクチャ的特性と取引方法の選択 第11章 アーキテクチャ特性と製品開発パターン 第12章 製品アーキテクチャと国際経営戦略 第5部 アーキテクチャのダイナミクス 第13章 製品アーキテクチャのダイナミック・シフト 第14章 企業間取引におけるプロセスのアーヘキテクチャ
この本の中では、「『アーキテクチャ』は日本語では『建築』と訳されることが多いが、ここではそういう意味ではない。
ここでいうアーキテクチャとはシステムを理解するための概念である』と書かれている。
「アーキテクチャは『分け方とつなぎ方』に着目する。つまり、『全体をどのように切り分け、部分をどのように関係づけるか』、別言すれば、『構成要素間の相互依存関係のパターン』によって表されるシステムの性質をアーキテクチャという」と定義している。
建築という言葉を表す言葉に“comstructure"という言葉がある。
頭の“com-”を“re-”に置き換えると、リストラクチャーとなる。
リストラを工場閉鎖や首切りと考える人も少なくないと思うが、本来は事業の再構築である。
この場合には、事業を作っている構造がアーキテクチャではないかと思う。
当然、事業の再構築を行う場合には、アーキテクチャは重要なものとなる。
過去の成功にこだわって改革することを拒絶した日本の製造業に対して、競争のために事業の再構築のヒントを与えてくれる。
アーキテクチャは“建設技法”と訳するのが適しているのかもしれない。
この本は自動車産業についてのみ書かれた本でなければ、気楽に読める本でもない。
業界再編成後の自動車産業において、モジュール化を通して自動車会社と同部品会社の将来の関係を垣間見せてくれる。
製品アーキテクチャと工程アーキテクチャの分析を行っている。
製品アーキテクチャは、代表的な分け方として『モジュラー型』と『インテグラル型』の区分と、『オープン型』と『クローズ型』の区分があると言われる。
インテグラル モジュラー クローズ 自動車
オートバイ
小型家電 汎用コンピュータ
工作機械
レゴ(おもちゃ) オープン パソコン
パッケージソフト
自転車
一方、インテグラル・アーキテクチャの製品とは、機能群と部品群の関係が錯綜しているものを示す。
代表的なものに自動車がある。自動車の持つ大きな機能として、乗り心地の良さがある。
乗り心地の良さは、騒音や振動と関係があるが、乗り心地を達成する特別な部品があるかといえば、そのような部品はない。
乗り心地はタイヤ、サスペンション、ショックアブソーバー、シャーシ、ボディ、エンジン、トランスミッションなど、全ての部品が相互に微妙に調整しあってトータル・システムとしての力を出している。
日本企業は「擦合せ」上手で、米国企業は「組合せ」上手と言われている。
著者は日本企業の擦合せ技術についてあまり深い考察をしていないが、私は現場合わせ技術であると考える。
日本の自動車メーカーでは自動車のボディ作成時に、車体ラインの対応でボディ精度がこれ以上あがらなくなると、擦合せで艤装部品をボディに合わせる。
一方、ダイムラー・ベンツでは、熟練工を使用してホディ精度内に納めようとする。
そのため、非常に大きなシステムを持つ製品、例えば飛行機やロケットには競争力はない。
工程アーキテクチャが経営に及ぼす影響は、第6章の海運業とコンテナ化が参考になる。
コンテナは船が港に着かなければ行えなかった荷物の積み下ろしを、まずコンテナに荷物を積み、船が港に着いた時に短時間でコンテナを積み込めるというイノベーションを引き起こした。
これは段取り作業における内段取りの一部を外段取りにすることによって、段取り時間を短縮したことと似ている。
海運業にコンテナが導入されると、今まで利益を上げていた多くの事業者が赤字に転落していった。
現在、世界一の海運業者はデンマークのマースク社である。
世界を広くカバーし、内陸輸送までも行う垂直統合型の体制を築き、優れた情報システムを武器に、充実したサービスを提供している。
一方、二位のエバーグリーン社は、新興船社の代表格で、事業の主たる範囲を海上輸送に限定し、シンプルな事業体制とそれに基づくコスト競争力を武器にしている。
自動車産業におけるモジュール化について、下記の3つの動きがある。
日本の自動車会社は、2の社内でサブアセンブリー化を進めている。
欧米企業は、2のサブアセンブリーとアウトソーシングが一体になった3を行っている。
欧米の場合、部品メーカーに任せる範囲が従来の日本のやり方以上に大きなものになっている。
この背景には、既存の自動車ビジネスのあり方では、なかなか利益が出にくいという欧米の自動車メーカーの危機意識が働いているようである。
つまり、「ビジネス・アーキテクチャ」の建て直しの一環として、積極的なサプライヤーの活用が模索されているのである。
また、日本でも生産ラインに新しい考え方が出てきた。
ひとつが、あるまとまった作業をすることで、作業の意味がより明確になり、作業者の満足度を向上させている。
もうひとつが自己完結型品質管理である。
ある部品の固まりごとに製造品質のチェックを完結していくことによって、不良をより早い段階で防ぐことを重視する。
この考えに立てば、サブアッシーを作業して、その段階で品質をチェックする、という工程がとりやすくなる。
製品開発におけるモジュール化として、日本の自動車メーカーで、サブアッシー化に伴う設計の見直しの動きがある。
単にサブアッシーの単位を大きくするだけでなく、構成する部品を一体化・統合してコスト・重量の削減を進めたり、機能と構造の割振りを変えて、品質機能完結化を実現する。
例えば、インバネ・モジュールとして電気系統の品質検査を完結できるようにする。
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