総合製品開発
自動車メーカーが収益を上げていくために、最も重要なのが製品開発です。
自動車メーカーが作っている付加価値は、理性的な面と感情的な面がある。
理性的な経済的な側面は、クルマは耐久消費財であり、ほんとうの価格は耐久走行距離と対応している。
販売価格を耐久走行距離で割った数字が本当の価格である。
販売価格はお客様の都合である。現金を用意できないとか、その価格に心理的な抵抗がある等である。
一方、感情面での成功は、価格競争を回避し、自動車メーカーに豊かな収益力をもたらしている。
マーケッティングのわかる人を、カーガイと呼んでいる。
マーケッティングのわからない人は単なる技術オタクであり、企業がこの状態に陥ると危機的状態になる。
自動車を語る時に、感動や喜びといった人間の感情を無視することはできません。
これは今後も変わらないでしょう。車には美学があります。
また、車という存在によって乗り手を自由にするという、他の製品にはない特徴もあります。
乗り手のステータス、もしくは個性の表現になるという側面もあるでしょう。
そういった意味からすると、乗り手は車に対して感情的なこだわりを持つものなのです。
ですから、車体のデザイン、内装、材質の手触り、操作部の配置などがとても重要で、そういったものが“感情的な判断”に影響を与え、時にはクルマを購入する決定的な要因になることもあります。
その一方で、価格はもちろんのこと、例えば室内空間の広さ、エンジンの馬力、操作性、信頼性なども、車を購入する時の重要な要因になって、こういった要素は“理性的な判断”に影響を与えます。
私たちメーカーが追い求めているのは、どうしたら、品質、価格、納期といった“理性の分野”でも、ブランド・イメージやデザイン、ステータスといった“感性の分野”でもユーザーに満足していただけるかということなのです。
(374ページ『カルロス・ゴーン 経営を語る』)
クルマは部品の組み合わせでできている。
マス・カスタマイゼーションという言葉を使うこともある。
日本国内やイギリス、オーストラリア、インド、タイなどの右ハンドル車と、アメリカなどの左ハンドルの国がある。
ハンドルギア(曲がる)やABC(アクセル、ブレーキ、クラッチ)ペダルの位置がことなる。
それに伴って、エンジンルームとキャビンを分けるダッシュパネル、インパネ、ヒーター&エアコンユニットなどが異なる。
ATミッションで左右に操作するシフトレバーには、右ハンドル用と左ハンドル用がある。
また、ヘッドライトも歩行者に必要以上に照らさないように、右ハンドルと左ハンドルでは光軸が異なっている。
また、搭載しているエンジンの種類やクルマの特徴によって、ブレーキ性能やダンパー(通称ショカーブソーバ)・バネ、スタビライザーの組み合わせが異なる。
更に、シートや内装、エアダム等の外装の違いにより、数段階のグレード区分がある。
右ハンドルと左ハンドルの違い、エンジンと足回り区分、グレード区分に各国独自の規制を加味してクルマができている。
市場細分化で新しいクルマを作れば、コストが上ってしまう。
それに対して、市場統合でより低価格クルマで対抗しようとする。
クルマの開発は市場細分化と市場統合のせめぎ合いという一面を持っている。
ベンツやBMWの高級車は、同じ大きさの日本車と比べて特段高い価格の材料を使用しているわけではない。
それらのクルマの特徴は、バランスの良さと繊細さである。
バランスの良さを的確に現しているのが振動である。
高級車は走行に伴う揺れはあっても、振動はほとんどない。
路面の状態が良ければどのクルマでも振動は少ないが、路面が荒れている状態でもほとんど振動しない。
更に、揺れも体に負担を掛けず、快い範囲の揺れにしている。
繊細さは走る・止まる・曲がるの性能について当てはまる。
水道の蛇口と同じで、蛇口を回す程度と出る水量が比例している状態である。
あるところまで回すと、急に水量が増えるのは繊細さがない状態である。
クルマのアクセルに例えれば、最初の内はなかなかエンジンの回転が上がらず、ある点を越えると急に回転数が上がるような状態である。
ハンドル操作では走行スピードが関与するので、走行スピードに関わらず同じ様に曲がるというのは難しい。
クルマは個別のスペックでは、バランスの良さと繊細さについて何も語っていない。
BMWがなぜいいかといえば、ブレーキでコントロールできるからなんです。
普通は、アクセルワークでコントロールするものですから、ブレーキで車をコントロールするなんて思いもよりませんが、BMWのブレーキは、アクセルと同じように車をコントロールできる。
たとえば、停止ラインにスケールを置いて、ラインの何センチ手前で止まれといえば、ピタリとその位置で止まれるんです。
いってみれば、自分の分身なんですね。自分の感覚の通りにコントロールできますから、ストレスがたまらず、疲れない。
快感すら感じる。欧州車は、そういう車づくりをしているんです。(169ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』
トヨタ自動車の製品開発の特徴は、フロントローディングである。つまり、段取りの良さである。
フロントローディングとは、問題点を設計の早い時点でたたきつぶし、初期段階から品質を作り込むことである。
品質向上と同時に生産性を上げる効果を持っている。
そのために、トヨタの製品開発は製品開発の最も上流に位置するチーフエンジニア(開発主査)が大きな役割を果たすことになる。
つまり、チーフエンジニアが開発や生産技術のみならず、生産や販売について理解し、問題点を早期に顕在化させ、解決していく。
チーフエンジニアだけでなく、開発部門、特に設計部門が生産技術、生産、販売に対して多くの知識を持っている。
このことはレジデンス・エンジニアの制度にも現れている。
新車を立ち上げる際(量産試作に行う際)に、開発技術者が量産工場に一定期間入り、設計上の不具合や気になる点を洗い出し、改善する方法である。
この特徴は、本田技研にも共通してみられる。
フロント・ローディングを強力に推進する開発主査は、重量級と呼ばれる。
合議制でクルマの開発を行なうとイメージしやすいもの、マネをしてしまうと方向に向いてしまうという。
開発主査が開発当初のコンセプトを維持していけなければ、インパクトのある開発はできない。
1980年代に行なわれた自動車研究によって、日本の自動車メーカーは一律に重量級の開発主査を持っている誤った結果を出してしまった。
トヨタやホンダの重量級の開発主査を持った会社のマネをしていたので、一律に重量級の開発主査がいるように見えただけである。
トヨタの総合新製品企画プロセスは、次のように進められる。
(198〜199ページ『トヨタ経営システムの研究』)
トヨタ自動車の品質は、過去の品質記録の中から生まれている。
トヨタに入社して、品質にものすごくこだわることを学びました。
トヨタは、過去の実績をすごく重視するんです。新しいクルマごとに、1から全部新しくつくっていくのが、僕が学生のときに抱いていた設計のイメージでしたが、全然違いました。
新しくまるまる設計することは、滅多にありません。
この部分は、あの車で実績があるから、それを使おうというふうに、いわゆるトヨタのノウハウをどんどん継ぎ足して、よりよいものを生み出していく。
そうやって品質を上げていくのが、トヨタのモノづくりなんです。
トヨタの強みの1つは、そういったノウハウを先輩から後輩に伝承することにあります。(115ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』 「カローラ」は、基本的に4年で切り替えていきます。
最初の1年は、出した車の市場評価を見ながら改善し、2年後にマイナーチェンジをします。
並行して、この時期に次のモデルチェンジ計画を立てます。
そして、36か月前からつくりこみをスタートさせ、デザインを決め、次のモデルを出す1年半くらい前に、最初の試作車をつくります。
さらに量産工場での試作を3回やって、課題を織り込んで改善していきます。
昔は、コンピュータではなく、手で図面を起こしていましたから、試作段階での変更も規模が大きく、とてつもない作業を強いられたものです。
それに、しっかりとつくりこんでからラインに流そうという気持ちが強かったですから、試作段階にはかなりの時間と労力をかけましたね。
現在は、試作は1回だけで、すぐに量産に持っていきます。(277〜288ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』) 売価を決めるのは、国内企画部と経理部です。最終決定権は、国内企画部にあります。
構想段階で試算をして売価を決め、その方針のもとで開発を進めていきます。
ただ、最初に売価をガチッと固定すると、予算がオーバーしたり、他社からもっと安い車が発売されたときに対応できないので、そうした動向や利益率、販売戦略などを考えたうえで、発売の2か月ほど前に最終的な売価を決めます。(86ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』
1990年代から、中国の台頭により、多くの産業で低価格生産が成り立たなくなっている。
いくら日本で低価格と言っても、中国の低価格には打ち勝てなくなっている。
日本では高級品の生産しか成り立たなくなっている。
このことはかなり前から指摘されていたことである。
日本の産業の高級化を阻害したのは、1990年代の日本の自動車産業の研究であろう。
最も大きな害悪をもたらした分野が製品開発であろう。
当時、既にフォルクスワーゲン(VW)社は少ない新車開発で、確実にヒットさせる能力を持っていた。
しかし、某研究者はこのことを知りながら、日本の自動車会社の開発が優れていると主張するために、あえてこのことを無視した。
新車の研究・開発で、開発の部分の試作と言う組立能力が高く、それによって数多くのモデルを開発することができるとした。
数多く新車開発を行なうことで、その分ヒットする車種も多く出ると発表した。
このためには、ヒットする確率を同じと考えなければならなかった。
都合の悪いことは、あえて無視した。
VW社の開発の特徴のひとつは、販売台数の限られる派生車を先に出すことによって、新車のコンセプトのテストマーケティングを行なっているものと考えられる。
もうひとつは地域限定の車種があることである。
南アフリカや南米には、ゴルフの古いモデルを改良したGolというクルマがある。
南米には、ポロに良く似たフォックスというクルマがある。
以前、日本でもルポ(Lupo)の名称で販売されていたのではないかと思う。
ゴルフの4ドアセダン版であるジェッタには、色々なバージョンのクルマがある。
それらのクルマで市場テストした上で、新車開発をしているので成功確率が高いと言うのが、今の研究結果である。
商品開発戦略
自動車会社のコア技術は、ボティ技術とエンジン技術、サスペンション部品等の多くの部品を一体化させ、クルマとして完成させるインタグレート力と言われている。
ボディ開発で大きな部分を占めているのが、デザインである。
クルマの場合のスタイルは製品コンセプトを表現したものであり、高級車になるほどデザインの重要が増す。
移り気な若者や30代の家族持ちを中心にトレンドをつくっていく最近のマーケットでは、機敏に先を見抜いて企画・開発しなければならない。
なにしろ、リクルートが高校生を対象に行った「クルマ購入意識調査」によれば、64パーセントが「憧れの車はない」と回答している。
ちなみに、スーパーカー・ブームなどを経験した30代では、特定のブランドに憧れを抱いている人は61パーセントにのぼっている。(213〜214ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)
自動車開発は下記の4つの段階に分かれている。
まず重要なのは、開発予定のクルマの目指す顧客ターゲットを明確にすることである。
全ての商品は、お客様の問題を解決するために開発されている。
生活の場面でその商品がどのように使用される、問題を解決しているか想像できるまで、顧客の特性を絞り込むことである。
例えば、本田技研のステップワゴンの『子どもといっしょにどこ行こう』は良く顧客層が絞り込まれていることを表すキャッチコピーである。
次に、顧客に対して明確でわかりやすい『製品コンセプト』作り上げることである。
最近のコンピュータ技術の発展により、クルマの開発は大きく変わってしまった。
かつては、デザイン(スタイリング)固定以後の開発期間うんぬんと言われていましたが、これが意味を持たなくなりました。
クルマのスタイリングが販売に大きく影響することは、今も昔も変わりありません。
その重要なスタイリングの決定を最後にする、言い換えれば販売に持つとも近い時点にするようななったことです。
三次元CADの発達によって、クルマや部品をコンピュータの仮想の上で作り、組み立てていくことが可能になったのです。
これによって、1:1のクレーモデルを採寸して設計が始まっていたのが、スケッチ画を三次元CADに入れてこれから始まるようになった。
具体的には、クルマの概要が決まった企画段階から開発が始まるようになった。
スタイリングは重要ですから、1:1のクレーモデルを作成することには変わりありません。
まだまだ1:1モデルの評価は、まだコンピュータの仮想画面上ではできないだろうと思われます。
ただ、1:1モデルの役割がずっと減ってきたと考えます。
クルマのスタイリングは、一般商品のパッケージングに近づいたように感じます。
企画段階では、利用シーンを描写するには「誰が、何を、いつ、なぜ、どこで、どのように」という「5W1H」のQ&A法が役に立ちます。
(69ページ『起業戦略』)誰が(Who) 顧客の年齢、性別、結婚、仕事、住所などの具体的なプロフィールは何か いつ(When) いつ顧客はこの製品・サービスを利用するか 場所(Where) どこで顧客はこの製品・サービスを利用するか 何を(What) この製品・サービスを利用すると顧客はどんな得や便益や満足感やありがたみを感じるのは感じるのか この製品・サービスでどんな顧客のニーズが喚起されるか この製品・サービスを利用することにより顧客の生活状況や方法が変わるのか この製品・サービスを利用することにより顧客のどんな問題を解決するか この製品・サービスを利用しているときに、顧客は同時に何をしているか 他に(WHat else) この製品・サービスを利用しているときに、顧客は何を考えているか どのように(How) 顧客の問題を解決するのに、今まではどのような解決方法を利用していたのか 顧客はこの製品・サービスを、どのような理由で使い出したのか どのようにして顧客はこの製品・サービスのことを知ったのか
Q&A法がすぐれているのは、イメージした利用シーンを分析することによって、提供しようとしている製品・サービスがどんなニーズを満足させる必要があるのかを理解できるだけではありません。
競争相手の製品やサービスの利用シーンと比較検討することによって、彼らの製品・サービスがどんなニーズを満足させているかを知ることもできるのです。
そして現状の競争市場全体を読み替えることによって、新しいビジネスチャンスを発見することができます。
トヨタのレクサス(日本名セルシオ)の開発では下記のようなことが行われた。
開発にあたって、1985年春、製品企画室、商品企画室、デザイン部門など、約20人のスタッフが渡米し、約三か月間、西海岸で生活し、富裕層の人たちが、どんな車に乗り、どんな住環境に暮らしているのか、いろいろと調べました。(109ページ『トヨタの方式』)
昔、GMは消費者の所得階層から、その階層にあうクルマを開発していた。
その後、ライフスタイルが重視され、10階級程度に分けられたライフスタイルを軸にして開発が行われるようになった。
現在では、「利用シーン」から顧客がどのような行動をとるのかの価値観を見出すことによって、ニーズを洗い出し、市場セグメントを決めることが多い。
開発部隊が3か月、米国に滞在したとき、フォーカス・グループ・インタビューという購入動機の詳細な調査をおこなったのですが、そのときに、米国のユーザーの購入動機をきっちり調べて、勝負できるところ、勝負できないところを見極め、勝てるところで勝負しようと考えました。(118ページ『トヨタの方式』
例えば1980年代に若者たちの間で、クーペーのスポーツカーとジープタイプのRVが非常に近いセグメントとして考えられていた。
しかし、当時の自動車メーカーの間ではクルマの物理的な構造上、この2つのタイプのクルマは全くことなったセグメントを形成していると考えられていた。
セグメントが異なれば、当然ニーズも異なってくる。横に顧客セグメント、縦に顧客ニーズをとった表を作成する。
これは開発のみならず、発売後のフォローにも使用できる。
正解は、自ら仮説を立て、試行錯誤と失敗を繰り返しながら見つけ出していくしか方法はないからである。
発売後、実際の顧客と想定していた顧客の層が異なる時、顧客セグメントや顧客ニーズの捉え方をし、これから開発するクルマに役立てることもできる。
ターゲットとした顧客層で圧倒的なシェアをとれば、周辺顧客を獲得でき、販売台数を増加できる機会もわかる。
次に、競合する他社の製品との棲み分けを、顧客に与える便益や機能を軸にして、ポジショニングを明確にする必要がある。
既存の商品がターゲットとしているセグメントの人々の「行動シーン」を作り上げる必要がある。
それによって、既存のセグメント内でニーズが十分満たされず、はみ出して顧客層がいるか見分ける。
はみ出している顧客層を発見できた場合、行動シーンが違うとニーズはどうちがうのか、行動シーンが違うとニーズはどう違うのか、そして、その違うニーズにどう対応すれば、競争相手の製品・サービスよりも強くアピールすることができるのかという問題に答えをださなければならない。
製品ポジションが明らかになってこそ、この製品コンセプトを強いインパクトを持って具現化できるスタイルを作り上げることができる。
デザインは本来持っている造形美の美しさが必要とされる他、ポジションに合った雰囲気が必要となる。
クルマの場合には、同じブランド名を引継ぐ形で新しいクルマを発売する。一般に4年ごとに行われているフルモデルチェンジである。
ブランドは企業が持つ価値の大きな無形資産である。このブランドの価値を傷つけないように、環境の変化にあった製品開発を行わなければならない。
顧客ターゲットの大きな変更なしに、技術の進歩による改良を加えれば良い場合もある。
しかし、多くの場合顧客ターゲットの修正をしなくては、顧客ターゲットがぼやけて、“帯に短し襷に長し”という製品開発になってしまう。
顧客ターゲットがぼやけている場合には、競合会社から上記のような市場細分化に挑戦を受けることが多い。
つまり、ターゲットとしている顧客を2つ以上に分けて、その顧客に対してより明白なコンセプトを持ったクルマを投入してくる。
| 基本的特徴 | 差別化的特徴 | 決定的特徴 | |
| 肯定的特徴 | あって当たり前 | ちょっと違う | 決定的特徴 |
| 競合品と同等レベルの機能を兼ね備えている | 競合品より重要な部分で優れている | 競合品より非常に優れている点がある | |
| 否定的特徴 | 我慢できる | 文句を言いたい | 何だこれは |
| 競合品と少なくとも同等レベルである | 競合品より部分的に劣悪な点がある | どんなに経費がかかっても改善しなければいけない (もし競合品がこの部分で問題点がある場合には、有効に競合品を攻撃する) | |
| 中立的特性 | だから何なの | おまけなら欲しい | |
| 購買決定にはあまり影響を及ぼさない | 少し意味があるかもしれないが、直接製品・サービスとは関係ない |
「セルシオ」の開発は、米国市場をターゲットにスタートした。 ライバルは、ベンツ、BMWといったヨーロッパ勢であった。 実際、「セルシオ」の開発のために11台のライバル車を研究用に購入し、各部品について綿密に調べあげたといわれる。(108ページ『トヨタの方式』)セルシオの参入は、高級感の出し方については否定的特徴の“同等品と少なくとも同等である”の水準にすぎなかった。 そのため、競合車の“何だこれは”の音の大きさを“興奮する”肯定的特徴の静粛性と、競合車の6万ドルに対して3万5千ドルの価格で攻撃した。 その後、2回のフルモデルチェンジで高級感の出し方も肯定的特徴の“競合車と同等レベルの機能を兼ね備えている”に上がり、価格も6万ドルに上がった。
当時は、『メルセデスの420SEL』、『BMW735i』を比較対象にして開発していました。メルセデスもBWMも、結構、音がうるさかった。 そこを逆手にとって、静けさをアピールすれば、新たな価値になるのではないかと考えたんです。 従来は、静けさという価値観は認められていなかったんですが、音がない世界をつくりだそうということで思考錯誤が始まりました。 ドイツ車というのは、やはりある種の世界を持っているんですね。同じような高級車に挑戦するためには、同じ土俵で勝負していてはつらい。 同じ土俵だと、ちょっとくらいいい車を作っても、ネームバリューで負ける可能性がある。 違う土俵で、圧倒的な勝ちをおさめれば、名声が得られる。 当時のベンツもBMWも静かじゃなかったし、スムーズでもなかった。そこを狙った。(110〜111ページ『トヨタの方式』)
ホンダにはマーケッティング・リサーチを専門とするセクションがない。 その結果開発設計者が自ら市場へ出向いて情報収集するのである。 それも定量的調査というよりは、対面的相互作用からの生の情報を直接とる対話では、フィードバックがすぐ見えるので、本当の情報の還流が起こるのである。
「今でも開発の連中には、販売店を回れ、お客様のところへ行け、といっているんです。 他人の話を聞くと、ニュアンスがどんどん変わっちゃうんですよね」と語っている。また渡辺とともにシティの開発に携わった本間浩も言う。 「私どもが、社内的なアンケートと称してやったペーパー調査では決して本音はつかめないんですよ。 それではだめだと。直接会って根ほり葉ほり、全部聞いちゃうんですよ。時計を見せろとか。おまえ何色のパンツをはいているのだとか」。
このことは設計者の行動様式に如実に表れている。彼らはじっと机について設計をしているのではない。 「最盛期には研究所にいたのは月に三分の一ぐらい。自分の席にいたのはほとんどないんですね。どこかのパーツ・メーカーにいるか工場にいるか。 初期の段階であれば、マーケット・リサーチに行ったりですね」と本間はシティ開発当時をふり返る。
技術者が飛び回るというこの行動様式のために常に自動車のことを考えている技術者がマーケットの情報を最も的確につかむようになる。 ユーザーは3年後どういう車がほしいと聞かれてもハッキリ言えない。だから技術者が世界中歩き回って、その情報の蓄積をもとに、市場を作り出していくのである。 技術者が自らのマーケット・リサーチを行なうことで、市場のリズムが同期化されるのである。(190〜1ページ『企業進化論』)
自動車の開発過程の概要は、下記のホームページで公表されている。
大槻がEPOCに責任者として赴任した当時、EPOCでは、欧州トヨタの起死回生を賭けて、現地社員である欧州人デザイナーたちが「こんなクルマが欲しい」とスケッチ画を一心に描いていた。
何度かのやり直しを経た後、大槻は、そのうちの何枚かを本社の関係者に見せた。 その1枚がギリシャ人デザイナー、ソトリス・コボスが描いた「ヴィッツ」のデザイン・スケッチ(レンダリング)だった。
(中略)
トヨタでは主要な車種のデザインは、コンペにかけるのが習わしになっている。 そのときは、EPOCと、国内のトヨタ・デザインスタジオの作品をコンペにかけ、最終的には、市橋の予想通りにコボスの作品が選ばれた。
ところで最近、トヨタのデザインが垢抜けしてきたことに気づいた人も多いと思う。 最近のトヨタは、主要車種でも、日本人以外のデザイナーを思い切って登用する。 海外にデザインセンターを持つようになった最近では、コンペがごく普通に行われるようになった。 ただ、この手法を最も広範にとっているのがトヨタだ。
たとえば、ハリヤーやプリウスは、トヨタのカリフォルニア・デザインセンターによるもの、オープンカーのソアラは、ヴィッツ同様コボスの作でもある。 同じくEPOCが手がけたクルマに、新型カローラ・セダン、カローラ・ランクスがある。21〜23ページ『トヨタとホンダ』)
その「ヴィッツ」の功労者となって注目を浴びたコボスだが、まもなくドイツ自動車メーカーに3倍の年俸で引きぬかれてしまった。 これにあわてたトヨタは、早速、フランスの有名なリゾート地、ニースに構えるデザイン開発拠点のデザイナーらに、功績に応じて支払う新たなボーナス制度を導入して人材を確保をすることになったが、日本とは異なる雇用制度を必要とするヨーロッパの現実をあらためて教えられた。(236ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)トヨタ自動車のデザイナーは、エスクステリアデザイン、インテリアデザイン、カラーデザインに分かれている。 エスクステリアデザインは、言葉のまま外観のデザインで、インテリアデザインは内装のデザインである。
昔は、ハンドルならハンドル一筋、まさに職人という人もいたんです。 けれど、いまは、誰でも一通りこなせるようにしています。インテリア関係だけで部品が50くらいありますが、それを一度に10個や15個受け持って、3か月くらいのステップで仕事を覚えていきます。(46ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』カラーデザインは、エスクステリアもインテリアも含めて、カラーにかかわることすべてを担当するグループである。
私は、外板色とシートファブリックのカラーデザインを担当しました。 外板色は、室内色とベストマッチスル色を1つ持ちたいと、室内色のベージュにあわせて、少し赤みが強いベージュを提案しました。 苦労したのは、シートファブリックです。若者の感性を、どううまく取入れるか、悩みました。(64ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』)トヨタ自動車のデザイン部には公募制を敷いている。
デザイン部は96年から「スタジオ制」を導入したんです。 正確にはCCD(チーム・クリエイティブ・デザイナー)制度といいますが、基幹プロジェクトに関しては、自動的にチームを編成するのではなく、ベテランのデザイナーが、自分のスタジオをつくって、メンバーを集めて、少数精鋭のチームを結成することになったんです。
(中略)
その時、私は、ほかのプロジェクトに係わっていたんですが、メンバーは快く勧めてくれました。 無責任なようだけれど、トヨタではよくあるパターンです。引き抜きのように連れてきて、人事が後追いで認めるわけです。 それが許される自由さは、トヨタの良いところだと思います。(36〜7ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』
デザイン部は、基本的に公募制を敷いています。 以前は、第二開発センターの車は第二デザイン部内の募集という部の枠がありましたが、最近は、その制限もなくなりました。 やりたい車があれば、どの部からでも自由に募集できるようになったわけです。(52ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』)一方、ホンダのクルマは、一目みただけでホンダだとわかるホンダらしさを持っている。
また、米国で売る場合、米国人に全部任せてもうまくいかないという。 94年モデルの米国アコードを開発した杉山智之は、日産自動車はデザイン部門を開発部門から切り離して独立した本部とした。
「米国向けといっても、日本人のマインドが重要だと思う。 米国人に企画から開発、製造までやらせたら、早い話、GMだとかフォードと同じなってしまう」
と言う。
要するに、米国で成功するには、「日本のクルマ」というイメージをユーザーにキチッと認めてもらわなければダメだという。 ホンダが上手いのは、どんなに「アメリカン」になっても、最後の一線で「日本」であることを失わずにいるところだろう。
最近では、トヨタやホンダ、日産の場合、現地のデザインセンターが力をつけ、高いレベルの仕事をしている。 むろん、日本以外の国籍のデザイナーが担当しているわけだが、彼らがこだわるのは、「日本」ということよりも、「トヨタらしさ」であり、「ホンダらしさ」だ。 それを彼らは「トヨタのDNA」、「ホンダのDNA」と呼んでいる。(154〜155ページ『トヨタとホンダ』)
現在の日産という会社は、非常にグローバルでインターナショナルな組織になっています。 世界に分散していていろいろな組織があるのが特徴ですが、デザインだけでもたくさんの拠点があります。 日本には3拠点あって、中心が本社の日産デザインセンターです。 それから表参道にあるクリエイティブボックスというスタジオと、平塚の日産車体内にもあります。
アメリカのNDA(日産デザインアメリカ)は、デトロイトとサンディエゴに2つ拠点があります。 ヨーロッパNDE(日産デザインヨーロッパ)は、ロンドン北部の郊外、ドイツのミュンヘン、スペインのバルセロナと3つ拠点があります。 全部で8拠点、総勢600人を超えるメンバーが働いています。 かつてはNTC(日産テクニカルセンター)という開発の海外拠点の中の1組織だったが、それをすべて日産デザインとして統合し、独立した組織になりました』
(中略)
『かつて日産はデザインに一貫性がないなど、いろいろと批判を受けました。 ですから、やはり1つの目標に向かって、1つのストラテジー(戦略)で世界中やっていくには、分散した組織だとやっていけないので、このように組織的にもかなり大きな変更を行ったのです。 その結果、グローバルな拠点が力を合せて日産らしい車を作っていくという体制になりました。 さらに、コミュニケーションを活発にし、人のローテーションを盛んに行ったりしています。 グローバルに力が使えるようにしているんです』(173〜4『Zカー』)
新型Zのデザインはきわめて斬新だ。 幸運にも一般の人よりも一足先に新型Zを目にすることができたが、ファーストインプレッションには強烈なものがあった。 どう考えてもそれは日本のデザインとは思えなかった。どこか突き抜けた新しさがボディから発散していた。 聞けばデザインの原形はNDA(日産デザインアメリカ)が作り出したということだった。だが、新型Zのデザインは繊細さをきわめた、複雑な面とシャープなラインによって精緻に作り上げられている。 繊細な匠の仕事だ。どう考えても、それをアメリカ人が作ったとは思えない。 よくよく聞いてみれば、原形はアメリカ人部隊が作り出し、日本のデザイン部隊がブラッシュアップしたという。 中村史郎によれば「アメリカも日本も、両方とも自分が作ったと思っている」という。(164ページ『Zカー』)海外のデザイナーは斬新なスタイリングを描くが、細部にこだわるのは日本人デザイナーである。 かつてのように、海外のクルマのスタイリングをマネしたり、2つ以上のスタイリングを組合せたキメラスタイリングは成り立たなくなった。 消費者の目が肥えて、『神は細部に宿る』の言葉どおり、細部までスタイリングにこだわらなければならなくなった。
『現在、「日産」は、厚木にある「テクニカル・センター」に約180人のデザイナーを集結させているが、 そのほかアメリカのサンディエゴにも「デザイン・センター」を持っており、約50人のデザイナーたちが地球規模の発想で次世代の「売れる車」の研究・開発・設計に鋭意専心している』
『デザイナーだけで180人。モデラーも入れたら400人以上になりますね』 (『日産ゴーン「成算ありやなしや」ポスト日本式経営の実験』より)
クルマのデザインはいくらいいものを作っても、実際に決めるところで間違った選択をしたりすると、結局はいい車にならない。 いい材料がいくらあっても、決めるという段階をしっかりしないといけない。 そこで中村はデザイン決定のプロセスを明確にした。> 日産自動車では川又克二社長時代に下記のような話がある。
『デザインの最終決定はゴーン社長自身が議長を務める会議で行います。 その1つ前の段階の会議はペラダ副社長と私が議長をやっています。 しかも、会議は副社長、常務レベルのごく限られた人数で構成し、責任を明確にして決定していくということにしました』
日産は、どんなに売れないクルマを作ってしまっても、誰も責任をとらない会社だと言われていた。 開発のあらゆる段階で、いろんな立場の人間が口を出し、あそこを直せ、ここを直せと言っているうちに、初期デザインは跡形もなく消え去り、いったい誰が作ったクルマなのかもわからなくなるというのが日常茶飯事だった。 その意味では、誰も責任をとらないことが当たり前のクルマ作りをしてきたのである。(174〜5ページ『Zカー』)
嘘か真かは知らないが、あとでブルーバードUのモデルを決めたのは川又克二であったと聞かされた。 それを言ったのは有力業界紙のベテラン記者であった。
当初、開発技術陣が本命としていたのは別のモデルであったという。 デザイン、設計部門は別モデルのほうに力こぶを注いだ。 しかしトップに見てもらうためには比較対象となる当て馬も作っておく必要がある。ところが、
「こっちのほうがいいじゃないか」
あろうことか、川又が指さしたのが当て馬のほうであったというのだ。(49〜50ページ『日産自動車の失敗と再生』)
参考文献