パッシブ・セーフティ
日本で衝突安全が話題になったのは、1989年12月の『第二次交通戦争への処方箋−死者半減・西ドイツはこうして成功した!』と、1990年4月の『 第二次交通戦争の構造 死者急増・なぜ日本で死者が減らないか?』というNHKスペシャルの番組で、クルマの衝突実験の映像が放映されたことが契機となって、日本でもクルマの衝突安全が問題にされるようになった。
例えば、50Km/hで車を走らせていたとしよう。
この時、車と中に乗っている乗員は1秒間に14mの速さで移動していることになる。
車が衝突した時、もし車が瞬間的に停止してしまった場合、乗員は慣性によって秒速14mで車に衝突してしまう。
ハンドルと運転手の頭の距離が60cmとすれば、約0.04秒後には頭をハンドルにぶつけてしまう計算になる。
この時間を少しでも多く稼ぎ、衝突の衝撃を和らげるために、車の前部がつぶれることが必要になる。いわゆるクラッシャブルボディである。
つまり、走行中車が停止する時に負の加速度を体に受ける。瞬間的に車が停止すればこの加速度は大きくなり、人の体はもたなくなる。
頭に外傷はなくとも、脳に障害を受ける可能性が高い。
そのために衝突の瞬間に少しでも時間を稼ぎ、この加速度をゆるやかにするのがクラクシャルボディの役割である。
次に、乗員がシートから飛び出さなくするためのレストレイント・システム(シートベルトやエアバッグなどの拘束装置)が必要になる。
同時に、拘束のための空間が確保される必要がある。つまり、衝突しても乗員の乗っているキャビンが壊れないことが必要である。
このような衝突時における車の安全性を総合的に評価したものが自動車アセスメント(NCAP)である。
![]() 正面衝突実験(JARI) |
![]() 側面衝突実験(JARI) |
アメリカでは1984年に全米の3分の2にあたる州で衝突安全の客観的基準FMVSS208項、乗員の傷害値に関する法律が制定された。
アメリカの連邦自動車安全基準FMVSS208項では、時速30マイル(48km/h)で硬い壁(フラットバリアー)に衝突させた時、
頭部傷害値HIC1000以下、胸部加速度60G以下を規定している。
また、連邦自動車安全基準FMVSSでは、シートベルトをしていなくても乗員の傷害値がある基準以下でなければならないという法律を1993年に制定した。
運転席のエアバッグは日本では45〜50リッターであるのに対して、アメリカ使用では60〜70リッターと大きいのである。
しかし、2003モデルイヤーのクルマより、エアバックの危害性を軽減するために、25mpgでは従来どおりのシートベルトなしの衝突実験を行い、35mpg以上ではシートベルトをして衝突実験を行う旨変更された。
アメリカの国家機関のNHTSA(米国道路交通安全局) が行っている衝突安全情報公開 は、時速35マイル(56km/h)でフルラップテストが行われている。
また、民間団体の IIHS(米国道路安全保険研究所) の行っている
衝突安全情報公開 では64km/hの可変形バリア・オフセットテストが行なわれている。
これは次のEURO−NCAPと同じ方法である。
1998年10月から施行される新欧州基準では、衝突テストに56km/hのオフセットテストを採用している。
これに先立って行われてた衝突安全情報公開
EURO−NCAP では、64km/hのオフセットテストを採用している。
ただし、EURO−NCAPを実施しているのはイギリスの交通研究所(TRL)である。
またオーストラリアでもNARA(ニューサウスウェールズ州政府道路交通局)が、衝突安全情報公開 を行っている
フルラップテストはダミーの傷害値を加速度で測定するのが主流だから、柔らかいボディが良い成績をとる。
しかし、オフセットテストはキャビンの生存空間を評価することが主目的だから変形の少ない硬いボディが必要である。
クルマのボディ強度の性能試験を行うのであればオフセットが理想的である。
シートベルト・エアバッグの性能を調べるのであれば、フルラップテストの方が良い。
実際はオフセットで良い成績をとったクルマはフルラップでも良いと言われている。
だが技術的には二律背反する部分もある。
ダイムラー・ベンツ社やボルボは、早い時期から衝突安全性を重視していた。
たとえばベンツでは、十分といえないまでも、1953年にすでに、衝突時の衝撃を吸収するためのクラッシャブル・ゾーンを標準装備していた。
1959年には実車を使った衝突実験も行っている。
メルセデスは70年代に入ると事故データが続々と集まってきて、社内で実験した結果とは異なる事故形態が目立っていた。
「実際の事故では平均すると40%のオフセットが最も乗員の損傷が激しく、早急にボディ作りの対策をしないといけない」ことがわかった。
そこで1973年にオフセット衝突実験のテストを初めて行い、このテストでボディの大きな負荷をシミュレーションした。
オフセット衝突は、本来ボディの構造を解析するのに考案されたテスト法であり、ボディの変形を評価するのにこれほど優れたテスト法はないといわれている。
ところが、このテストで得られるダミーの傷害値をクルマの安全に置き換えて評価するには慎重になる必要があると言われている。
これを元にベンツは先進的なボディの三叉式緩衝機構を作り上げた。
ベンツでは、安全性に対する配慮によって、他のメーカーとの違いをきわ立たせるという経営戦略を徹底させ、1969年1月には、安全対策はメーカー側の研究・実験だけでは不十分であるとして、ドイツ政府と警察に交通事故の調査助力を求めた。
ベンツ車にかかわる事故が起こった場合、警察は必ずベンツに電話で通報する、ベンツは警察に対して、事故の記録を閲覧したり、情報の提供を求めることもできるという内容である。
個人のプライバシーにもかかわることだけに、こうした権利が民間企業に認められてことは、世界的にみても非常に珍しい例である。
それだけ信頼性が高かったということだろう。
ベンツ内に設置された事故調査チームは、「警察より早く事故現場に着く」とまでいわれている。
こうした事故調査の結果、これまでに三千数百件の詳細な記録をつくって、新車の開発に役立てている。(140〜141ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)
オフセットとフルラップテストは別の性能をテストするのだから、両方行うのが理想的である。
アメリカでは道路安全保険研究所IIHSだけがオフセットテストを行っている。
IIHSは国がフルラップテストを行っているので自らは行っていないだけで、フルラップの結果を使っている。
また、同じテスト法で衝突安全情報を公開していても、アメリカの道路安全保険研究所IIHSではボディの変形評価に重きをおきレポートしている。
しかし、EURO−NCAPではダミー傷害が優先されている特徴があり、気になるところである。
オーストラリアが良いデータを持っていて、同じ車のフルラップテストとオフセットテストをやっている。
オフセットとフルラップテストの両方行った場合、両方のテスト結果が良い方が理想的であるが、そうでない場合は結果が揃っている方が良い。
一旦事故を起こすと多大な被害をもたらすので、どちらかの結果で悪い結果が出るのは致命的である。
1996年1月にトヨタから発売された新型「スターレット」には、日本で初めてクラッシャブル構造のキャビン「ゴア」が採用された。
キャブオーバー型ワゴン車の車体前部にY字フレームを採用、支柱を厚くしたり二重にしたりして強化し、衝突時の衝撃を吸収する構造になっていて、1998年施行の欧米の新安全基準を満たすものである。
これによって、車重が40キロも重くなったという。「スターレット」以後にトヨタが発表した新型車のほとんどに、「ゴア」が採用されている。(326〜327ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)
後にカローラのプラットフォームとなったプリウスのプラットフォームと、ヴィッツのプラットフォームは評価が良かった。
私の勝手な想像なのだが、この頃より本格的なクラッシャブルボディができあがったものと思う。
「ゴア」が開発に投じた費用は、衝突試験も含めて100億円とも300億円とも言われている。
ただ、開発期間がきわめて短かったため、にわかづくりの感は否めない。
初期段階の「ゴア」の構造はまだ従来型のボディをベースにしており、新規準の応力に合わせるため、部分的な変更や補強で対応しているという。
クラッシャブル構造をつくる要素としては、基本的に次の3つがある。
「ゴア」はこのうちAを主体として構造である。
日本のトップメーカーであるトヨタでさえ、クラッシャプル構造の研究にまだ十分な蓄積がないことを物語っていた。(327〜328ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)
大型車と小型車が衝突した時に、大型車よりも小型車が被害が大きくなる。
大型車を少し壊れやすくすることで、小型車の乗員の生命を助けようという考え方が、コンパティビリティである。
ベンツが言い始め、今ではトヨタやホンダも取り入れている。
トヨタは、衝突安全というのは自分だけではなく、ぶつかる相手も助からなければならない、という考え方をしている。
つまり、クルマ同士が衝突した場合を想定して、お互いの傷害を軽減するという考え方だ。ホンダも同じ考え方をとっている。
これをコンパティビリティと呼んでいるが、現行のテスト方法だと、壁にクルマをぶつけてクルマがどれだけ衝撃を吸収するかという目安で強度を測定している。
これでは、相手のクルマにも衝突の衝撃を吸収させる、という発想で作られたトヨタ車やホンダ車の衝突安全性については、測定するのが難しくなる弊害がある。
それが理由でトリプルAには、両社の車の数が少なかった。
しかし、トヨタの社内では、衝突安全性のランキングが発表されるたびに、「ウチはどうなっているんだ!」と、上から“爆弾”が落ちたという。
しかし、現場のエンジニアは、「これからの衝突安全性は、相手のクルマのことも考えた安全でなければダメです」と頑として考えを変えなかった。
(中略)
つまり、コンパティビリティの思想でいうと、衝突した際に、まず小型車のフロント部分が壊れ、それから衝突した相手の大型車のフロント部分が壊れ、そして小型車の客室が壊れる、という順序だと、一番効率良く衝撃が吸収される。
ところが、大型車の場合、フロント部が強固に作られていると、自分のクルマもさることながら、相手のクルマもさることながら、相手のクルマも衝撃を吸収しにくくなるのだ。(1201ページ『トヨタとホンダ』)
3点式シートベルトは1968年にベンツが考案した。2点式のラップベルトが採用され始めたのが1957年であった。
1981年にはプリテンショナー・シートベルトが考案された。この装置は衝突時にベルトを約80ミリ巻き上げる装置である。
ベルトの初期の緩みによって体が前に行かなくないようにするものである。衝突の瞬間には、体をシートに密着させ、ベルトの本来持っている機能を引き出すものである。
次に、ベルトフォース・リミッターは1995年に開発された。衝突の瞬間にベルトによってシートに拘束された体に、停止の加速度がかかる。
ベルトで拘束されていない頭が前に移動を始める。頭にかかる加速度を低く押さえるために、エアバッグが展開し始めた頃を見計らって、ベルトを緩める機構である。
ヨーロッパではほぼ全社にプリテンショナーとフォース・リミッターが装着されているという。
日本でもこれらの装置が装着されている車は増加しているが、まだ小型車では装着されていない車が多いという。
だが、ヨーロッパ向けの輸出車には小型車でもこれらの装置は装着されているという。
運輸省の保安基準では、安全基準は構造要件ではなく性能要件で規定されている。
つまりエアバッグがあろうがなかろうが、いかなるタイプのシートベルトであっても、ある基準値がクリアされれば良いのである。
その基準値達成のため、もしくはNCAPでの成績を良くするために、自動車メーカーは手段を選ばず、テストだけに有効な歪んだ装備が採用される恐れもある。
前述の清水和夫氏は、シートベルトのひとつであるヒューズベルトの使用を非難している。
ヒューズベルトはシートの外側にベルトのアンカー部分ある。この部分がループ状に織り込まれている。
衝突時に、この織り込まれた部分の糸が切れて10センチ程伸びる仕組みになっている。
ベルトフォース・リミッターは肩の部分のベルトが緩み、腰の部分のベルトはしっかりと体を拘束しているのである。
それに対してヒューズベルトは腰の部分のベルトが緩むのである。
衝突の時にベルトが腹部に掛かったり、ベルトの下に体が潜り込んで首にベルトが掛かったりすることもある。
これらの現象をサブマリーン現象という。清水氏によるとボディの弱い車しか開発のできない会社が採用している技術ということである。
運転席のエアバッグにはSRSと書かれていて、シートベルトの補助装置という記載がなされている。
しかし、エアバッグが普及し始めた頃に、自動車メーカーはエアバッグの効果と弊害について説明する義務を怠った。
このためにエアバッグが万能であると誤解している人々もいる。
例えば、補助席に座っている場合に不意にブレーキを踏まれると、前のめりになる。ここでエアバッグ開き、カウンターパンチを受けるかたちになる。
この場合に、子どもや老人の場合には死に至ることもあるという。
また、チャイルドシートを後ろ向きに取り付けている場合は、事故の時にエアバックで弾き飛ばされることもある。
アメリカの場合には、補助席のエアバッグを作動させない装置の取り付けが認められている。
日本の安全基準はおおざっぱに言えば、正面衝突に関してはアメリカの基準に、側面衝突に関しては欧州基準に応じている。
さて、日本は歴史的にもアメリカの法規制に準じた規制が適用されており、
現在の保安基準では84年のアメリカのNCAPと同じものを採用している。このテストでは衝突速度が50km/h。
それではいかにも面白くないということで自動車事故センターでは55km/hのスピードで同じ条件のテストを行い情報公開したのである。
速度で10%高いので衝突エネルギ換算では21%高くなる。
保安基準はメーカーの実験室に運輸省の審査官が出向いて審査するものである。
軽自動車は保安基準では40km/hであったが、98年10月より乗用車と同じ速度の50km/hとなる。さらに1998年に側面衝突基準を制定する予定である。
このように日本、アメリカ、EU、オーストラリアでは同じ車であっても、衝突実験の方法と評価の方法も異なっている。
最近では自動車会社が、実験方法の異なる衝突実験結果を販売促進に積極的に使用している。
我々消費者は何を基準に安全性能を評価すれば良いか迷ってしまう。
そのためにはリアルワールドと言われる、実際に起きている事故例によってNCAPの信頼性を評価する必要性があり、以下で述べる交通事故調査の充実が待たれる。
また、車種別の交通事故統計なども公表されるベきであろう。
また、アメリカの Highway Loss Data Institute が、『1台あたりの保険金支払い額の比較』を公表している。
全車種平均=100%、Injury(損傷)、Collision(車両の破損)、Theft(盗難)で公表している。
新たな傾向として車対人の衝突で、人に重大的な損傷を与えないクルマの開発も進み、近々衝突実験(NCAP)で評価が行われようとしている。
エアバッグ・シートベルトについては本田技研のホームページに詳しく掲載されている。