ものづくりの現場がいま、大変身している。ライン生産からセル生産方式への転換である。 2002年3月末までにすべてのセット事業部でセル生産方式を導入した。 セル生産方式により、仕掛かり在庫の激減、生産リードタイムの大幅な短縮ができた。 俊敏なものづくりの取り組みが進んでいる。ライン生産方式は、ライン上で最も遅い作業者に合せて、作業者全員が作業する方法である。 合わせ作業といって、遅い人にペースを合わせてしまうので、表面上は誰がペースが遅いのかわからないようになっている。 ライン生産方式は、ラインバランスが合ったものとして考えられている。 実際には、ラインバランスを合せようとしても合せることはできない。 作業には習熟効果があり、この習熟効果は時間の経過とともに1人ひとり異なっている。 時々刻々と変化するラインバランスに対応するのは、至難の業である。 それも随時、新しい機種の生産が始まり、ラインバランスを調整するだけで多大なコストがかかってしまう。 無理にライン速度を上げれば、品質不良を頻発してしまう。
同時に、1人で完成品を組み上げるセル生産は、各担当者が、お使いいただくお客様を思い浮かべやすく、また、自ら組み上げた製品への愛着も強くなる。 担当セルを自ら改善する知恵の競い合いであり、1人ひとりの創造性、人間性を改めて尊重する仕組みだと思われる。
セル生産方式の導入で、いま「製造現場のルネッサンス」が進んでいるのである。 全社へのセル生産導入は先達の企業も多いが、先達から学ぶべきは学びつつも、それぞれの企業にふさわしい進め方があるように思う。 今後も松下らしく進めたい。
御手洗:経営革新委員会のもう1つの大きな成果が、セル生産方式による生産革新です。 周辺機器事業本部長があるとき私のところへ来て、「生産革新の手段として、もっと有効な方法がある」、と言う。 話を聞いてなるほどと思ったので、私は「理屈抜きで、その方法を採用して成功しているところを見せろ」と言って、ある大手電機メーカーの工場にすぐ飛んでいった。
米倉:その工場を見に行って即決したんですか。そのスピード感が今の経営に最も必用ですね。
御手洗:即決です。うちの工場との違いが一目瞭然でしたから。それまで私は何年も自社の工場を見てきて、怒りを感じていた。 私は経理担当でありかつ人事担当でしたから、円高になると、コストを安くする方法はないか、国内で何とか仕事を残す方法はないか、と自己矛盾に陥るわけです。 それが為替への対応と空洞化対策という意味で経理と人事の両方の立場からの命題だった。
ところが、工場のコストダウンというのは、外注先を集めて1割削減とか、2割削減をお願いするだけ。私は、これは卑怯じゃないか、人の生産性を奪っているだけだと思っていた。 「自分たちでなんとかよくしようとする努力をする必要がある」、などと常々思っていた。何かいい方法はないかと、私自身も真剣に考えていたんです。
そう思っている時に、セル生産方式のアイデアを出してきた。「何でやらないんだ」、と聞くと、生産本部があまり協力してくれないと言う。 私も事務屋ですから、生産本部長に指示するにはそれなりの裏づけがほしい。それで、その工場を見て納得した上で、生産本部長に「とにかく協力してくれ」と話しました。それで各工場長を口説いて歩いた。
米倉:これまでうまくいっていた方法をやめて初めての方法を導入するわけですから、恐ろしいですよね。特に導入初期は生産性が落ちますから。
御手洗:そうなんです。生産の責任を負ってますから。工場長はみんな怖いわけですよ。 ここでも抵抗はあったんですけど、先ほど言いましたように、私は工場を人事、経理の立場からしょっちゅう回りあるいていて、工場長とすごく親しかったのが幸いでした。 人事の立場として、組合とも常にコミュニケーションをしていましたので、非常に好意的に協力してもらえた。「社長があれだけやると言うならやってやろうじゃないか」というので、1つ、2つと賛成の工場が増えていったんです。 それで国内の5工場ぐらいがやって成功が見えてきたので、あとは一気呵成です。海外にも広めました。
日本のメイン17工場、海外は11工場すべてでセル方式を導入したおかげで、ずいぶん原価がさがった。今年(2000年12月期)の第1四半期だけでも、前年同期に比べて5.4%製造原価が下がった。ここ毎年下がっています。
米倉:すごいことですね。10年すれば低減効果は倍になりますね。
御手洗:ベルトコンベアというのは、だいたい平均すると1分間に1メートル20センチ動きます。そこに人が並んである人が加工したものをベルトに戻し、次の人がそれを取り上げて別の作業をする、という方法です。 私も若いころ現場で実習したからわかるんですが、初めは追いつくのが大変ですが、習熟するに伴い、2〜3ヵ月もすると鼻唄まじりになるんですよ。
米倉:慣れるからですね。
御手洗:そうです。ところが、ベルトコンベアのスピードは上がらないわけです。それで、セル方式の方が優れている、ということで、全世界の工場でベルトコンベアを1万8000メートルなくしました。
米倉:18キロですか。
御手洗:はい、合計で。セル方式では、作業員は皆立って、肩と肩を寄せて仕事する。そうすると自分が終わると、すぐ隣に渡せば隣はそれを受け取って作業を続ける。ということは、自分と隣の間に仕掛品がなくなる。 今までベルトコンベアが仕掛品を運んでいたんですが、それがなくなります。その結果、仕掛品がかつては平均20日あったのが、今は4〜5日まで下がりました。仕掛品が4分の1以下になったということは、運転資金も4分の1になったということです。
同時に、この方式だと人間の習熟度が上がるにつれて効率がよくなる。30人でやっていたセルが、半年もたつと20人で済むようになる。
米倉:人間の能力は、やっぱりすごいですね。工業化社会あるいは大量生産社会の最大の問題点は、人間の能力を過小評価してきたことですね。
御手洗:すごいんです。最後は全部1人でやれるんです。マイスターと名づけて、今表彰していますけれど、そういう人も出てきて、1年もたつと30人が10人で済むようになる。 そうすると、生産性は3倍です。これによって、この4年間で1万8000人、作業員が要らなくなった。実際に減ったのは、派遣会社から来ている外部契約社員です。 一方で増産しましたから、7000〜8000人は残ってもらっていますけど、ネットで1万人くらいは減った。単純に1万人分、二百何十億円分の労務費が不要になった。
同時にジャスト・イン・タイムを導入しました。バスのスケジュールのように、外注先に運行表を渡して、要るものを要るときに要るだけ持ってくるようにした。 その結果、3日か4日あったパーツ在庫を6時間、と4分の1ぐらいに縮めることができた。ここでも運転資金が4分の1になったということです。
もうひとつは、工場バンニングへの切り替え、今までは完成品は中央倉庫に入れておいて、少しずつ出していた。それを、工場にコンテナを持ってきて、そこで完成品を詰め込んで港に直行する方式を増やした。 これで外部倉庫も要らなくなり、全国34ヵ所で借りていた倉庫が14ヵ所に減った。その結果、十数億円の賃借費用が浮きました。これらの改革で、工場の運転資金が全体でかつての3分の1に減りました。
米倉:3分の2が要らなくなった、ということですか。おそるべし生産改革ですね。
御手洗:はい。パーツ、仕掛品、労務費、完成品の在庫が激減したおかげで、工場の運転資金が3分の1で済むようになった。 こうした合理化による運転資金の減少と、それに伴う利益増によって、この6年間で借金が約6000億円減った。借金依存度は、34%から7.7%まで下がりました。
キヤノンのセル生産方式も順調に導入できたわけでなく、「救いの女神」と呼ばれた女性作業員の自主的な活動があったと言われている。
真偽は別にして、セル生産方式の秘訣を紹介します。
現場の人たちはそれまでベルトコンベアのスピードに合わせて作業していた。
セル方式ではそれが自分たちのペースにできるようになる。セル方式の最大のメリットはこの点にあり、作業員にとってはプラスになるはずだった。
ところが、セル生産方式への転換直後はベルトコンベアに慣れた現場は柔軟な生産速度にうまく対応できなかった。
現場自身が目覚め、作業手順などを自主的に変えることで、徐々にセルでの作業が円滑に進むようになった。
省スペース化による梱包ラインとの結合などで間締めの効果も誰の目にもはっきりと見えてきた。
そうした過程で、不満や摩擦は少しずつ和らいでてった。(55ページ『キヤノン高収益復活の秘密』)
参考文献
設備や治工具もセルに合ったものを自作し始めた。従来の設備、治工具はベルトコンベアを前提に、すべて外部の専門業者に発注していた。
発注側も受注側も「せっかくつくるのだからよいものを」と考えた結果が必要以上のスペックの設備となって表れていた。
ベルトコンベア向けの重厚長大な設備、治工具は、セルでは使いにくい。間締めした狭いスペースでも使いやすい軽薄短小の設備を自らつくった方がよい。
現場の作業者はこう考えるようになったのだ。手づくりの設備類を長浜キヤノンの現場作業者は「からくり」と呼んでいる。
モーターなどの動力装置抜きでうまく動く仕掛けをつくる。そんな思いをからくりという言葉に込めている。
「からくり」には設備投資額が減少するというおまけもついた。例えば、製品の印字精度を検査する画像評価機はオフィスの複写機並みの大きさの装置を1台600万円で購入していたが、これを小型化し、卓上にのる1台50万円程度のものを自ら開発した。
部品を移送する装置もモーターを使ったりする大かかりなものはなるべく取り除き、小さな手押し台車を使って渡したりするようになった。
大型の自動倉庫は廃止し、今ではセルのそばの決まった場所に最小限の部品だけしか置かないようにしている。(55〜56ページ『キヤノン高収益復活の秘密』)
「人事評価にも、個人の働きぶりを反映する能力主義の色彩を強くした」(長浜キャノン総合企画部長の澤田光男)。
セル方式は自己完結型の職務であるため、個人個人の働きぶりの評価は従来に比べやりやすくなっている。
目標を大幅に上回るような成果を実現した人やグルーブには武藤から報償を出すようにしている。
評価制度の整備の一方で、教育・訓練にも力を入れている。長浜キヤノン社内に独自の「プリズムセル研修所」を設け、セル配属前トレーニングを施している。
研修のためにトレーナーも内部で育てた。(57〜58ページ『キヤノン高収益復活の秘密』)