人的資源管理
(1) 人的資源管理とは
従業員の能力の20〜90%は動機づけに左右されると言われている。
人的資源を有効に活用するためには、従業員の持っている能力を大いに発揮できる状況をつくることと、可能性のある能力の開発が重要である。
具体的に言えば、配置と育成である。
そのための組織マネジメントがヒューマン・リソース・マネジメント(人的資源管理;HRM)であり、個を活かすことにより組織は活性化する。
現在、日本の多くの企業で業績の悪い企業が多い。
その多くの理由は、人事部門が本来の機能を発揮していない。
欧米企業では企業業績が悪化すると、人事部門の担当者がグビを切られる。
日本では、人事担当者が企業経営に責任を持つことなく、ただ単に新しい人事制度を導入すればよいと考えている。
端的に言えば、人の心が金で操れると考えている。
特に、製造業で業績の悪い会社が多い。
それは工場での人事管理のやり方でを、社内全体に適用しているからである。
コンセンサスを纏めるようなリーダーシップの発揮の仕方や、主体的に仕事に取り組むにはどうしたら良いかを考えてこなかった。
1980年代までは、欧米諸国をキャッチアップすることを目的にしていた。
欧米企業のマネをするだけでよかったから、命令と服従の人事制度でもなんとかやれてこれた。
しかし、欧米諸国と並んだ現在では、社内のコンセンサスを形成していくリーダーシップの教育も、主体的に仕事に取り組む組織風土を作ることもできない。
人事部門そのものが企業の業績を上げる能力を失った現在、人事部門そのものが命令と服従の人事制度に依存していることになっている危険性がある。
企業におけるインフォーマル組織は、今から80年以上も昔のホーソン実験で明らかにされている。
企業にとってインフォーマル組織は、プラスにもマイナスにも働く。
しかし、現在の日本企業ではインフォーマル組織はマイナスに機能していることが多い。
本来の人事部門は、インフォーマル組織を含めて、企業業績を上げられる組織に取り組むべきであるが、それができていない。
人事部門を持たない中小企業においても、インフォーマル組織を重視しなければならない。
人事部門がインフォーマル組織をおざなりにし、人事制度のみを変えるのは理由がある。
多くの業績の悪い企業に典型的に見られる現象が、人事部門と労働組合とのなれあいである。
正確に言えば、なれあいではなく、人事部門と労働組合の自己規律性の喪失である。
人事部門はどのような人事を行なおうとも、人事制度を導入しようとしても労働組合に意見を言われることも、反対されることはない。
一方、労働組合の行事に労働者を参加させるために、人事部門の威光をかさにきることができる。
例えば、事情の良くわからない新入社員は、労働組合の行事に参加しないと人事評価を下げられるのではと心配し、いやいやながら労働組合事業に参加するのである。
企業は経営理念や長期の経営戦略に基づいて、インフォーマル組織を形成しなければならない。
間違ったインフォーマル組織によって身動きがとれなくなる前に、フォーマルとインフォーマル組織を作り直すとともに、注意していなくてはならない。
人の体と同じように、定期的にフォーマルとインフォーマル組織の健全度を調べなければならない。
組織は経営環境に適応しながら諸活動を行なうが、その根底に経営理念と長期的経営戦略がある。その主柱に「個の活用」「個の尊重」の考え方が明確に折り込まれていることが大切である。
「人間尊重:人を育て人につくす」「人材は最大の資源である」「人間性を尊重する」「人間本位の経営」などの人間観が、多くの企業の経営理念の中に明記されている。
そして,こうした「個」を大切にする考え方が経営理念の中で示され、実行されいる組織とされていない組織では、いろいろな面で大きな差のあることを指摘している。
たとえば、環境を素早く的確につかみ、それを経営戦略に落とし込み、経営戦略の策定と同時に人事戦略を策定している。
組織の動きにも相違がみられ、全社的に共通する価値観が存在し、従業員が会社を誇りに思っているのに対し、人間観が明確に示されていない企業では、その傾向が少ない。
また、長期的な展望にのっとり能力・個性を尊重する組織運営がなされている。
このことは、企業が提供する製品やサービスの向こうにいる人を見ているかどうかの違いによるものと推測される。
製品やサービスだけでなく、それらを利用する人たちの満足を考える企業になっている。
一方、明示されていない企業とは、経営戦略と人的資源管理が別々に行なわれている。
はっきり言えば、人的資源管理が行なわれていない。これらの企業では、成果主義とか年俸制といった手法を導入することが、人事政策の目的となっている。
このように、人間観が経営理念に明確に示されているか否かによって、経営環境の変化に対する感受性、先見性、経営への取組み方、経営戦略策定における人事戦略の位置づけ、組織活動状況、「個の活用」のための諸施策や人材評価などの人事・労務に関する諸制度・施策の設定と運用の仕方などに違いがみられている。
こうしてみると、経営理念に「個」の概念が取り入れられているか否かが、企業の戦略的な動きや具体的な組織マネジメントに大きく影響していることがわかる。
「個」が有効に活用され、開発され、従業員1人ひとりがのびのびと活動できる組織は、業績も上がり、従業員も満足する組織で、それは人的資源管理(HRM;human resource management)がうまく機能している組織である。
そのHRM型組織(HRMシステムがうまく機能している組織である)をみると、次のような組織である。
期待される企業像は、こうしたHRM型組織であり、その構築のポイントになるのは、従業員各人が組織の期待のもとで自主的・自律的に活動し、自らのキャリア形成を充実しうるように工夫することである。
組織にとって必要なもの、期待するものを明確にし、その上で、いろいろな面で選択可能性を拡大し、従業員自らの責任の上で各人の可能性をできるだけ伸ばせる組織をつくることである。
組織の構成員によって職能が分担される。従業員1人ひとりが担当している仕事の集まりが職位を形成し、職位に割り当てられた仕事の集まりが同一であるか、類似であるか、関連のある場合に、これらをまとめて一つの職務といわれる。
職務は個々人によって遂行されている仕事の総体なのである。
入社してボディ設計部を希望したところ、内装に配属されたので、室長に『カローラを担当させてください』と直訴しました。
こんな大きな会社で新人が直訴したところでどうなる、と思われるかもしれませんが、トヨタは自分からいえばだいたい希望どおりのことをやらせてくれるんですよ。
会社全体にそういう風土があるんですね。
だから、僕は最初はずっと『カローラ』のボディ設計をやらせてもらいました。(126ページ『トヨタの方式』)
ローテーションに関しては、トヨタには、『チャレンジローテーション』という制度があります。
長い間同じ部署にいた人が、他部門に変わりたいと自己申告し、変わることができる制度です。(160ページ『トヨタの方式』)
日本企業が人事管理もしくは、人材開発で大きく誤解していることは、社長の後継者を作る仕事は社長の仕事であることである。
洋の東西を問わず、偉大な経営者になりたくて、後継者作りを行なわず、もしくは優秀な後継者を潰してしまう例が多くある。
社長の後継者を育成する仕事は、社員つまり人事部門の仕事ではないのである。
このことを十分理解せず、次期社長を人事部門と相談して決める企業が少なからず見受けられる。
その結果、人事部門の社内での台頭を許し、社長に抜擢された人は少なからず人事部門に恩義を感じてしまう。
人事部門は、会社にとって一番良い人物を選ぶ能力もなく、人事部門にとって都合の良い人物を推薦するだけである。
このことによって、凡庸な人物が社長になり、偉大な経営者を目指し、更に凡庸な人物を社長にする悪弊に陥ってしまう。
一時期、メンター制度などと呼ばれて、社長が直接社員育成に携わった時期があった。
人事部門の謀略としか言えない制度であった。
社長が自分の後継者を育成して、それでも余力があれば社員教育をすれば良いが、それができていない時点で社員教育をすれば良い。
最近、ワークバランスを提唱する人たちがいる。
ひとつの面が残業を減らし、仕事時間と余暇時間のバランスをとることによって、仕事の生産性を上げることができるという主張である。
大企業の一部の部門では残業枠を確保することが、利権のようになっている部門もある。
その一方で、残業規制を多くするとサービス残業として厚生労働省から指摘を受けることになる。
大企業の残業が減らなければ、大企業相手に仕事をしている中小企業の残業も減らないことになる。
そのような中で、効率を上げて残業を減らすのは至難の技です。
もうひとつの面が、共働きが増え、男女共同参画社会の実現という理念です。
男性にも子育てをしてもらい、女性の社会進出を助けてもらいたいという理念です。
古くはホンダのステップワゴンの「子供といっしょにどこ行こう」のテレビCMのキャツチフレーズーです。
最近では、ホンダのタントのCMです。
両方とも、子育てをしないと出てこない発想です。
仕事時間を減らして、余暇の時間に多くのことを経験することによって、それを仕事に活かすことができます。
それによって、仕事の効率を上げることができると主張しています。
私個人的な考えでは、ワークバランスは会社の外で色々なことをして、その経験を仕事に活かすことによって、仕事の質が変わってくると考えます。
仕事の質の転換によって、残業時間も減らせると考えています。
逆に言えば、仕事の質の転換なくして、残業時間も減らないと思います。
特に、製造業ではいろいろな発想できれば、商品に幅が出てきて、経営にもプラスになると考えられます。
しかし現実は、工場長の保身のために、安全管理中心で社員の同質化を進めているのは残念なことです。
労働意欲管理
労働意欲管理とはこれを定義的にいえば、「部下が一定の仕事を積極的に遂行しようとする意欲を持つようにするための、一連の計画的、科学的施策である」といえよう。
現代労務管理の第一目標は労働生産性の向上であり、その労働生産性の大きさを規定する有力な一因子が労働意欲の大きさである。
したがって、この労働意欲を大きくするための労働意欲管理は、労働管理の中で重要な役割を担っている。
労働管理研究は、1940年代の人間関係研究と1960年代からの行動科学研究の成果の導入によって著しい進歩と発展を遂げた。
労働意欲管理も後述するように、そうした流れと関連して形成されている。
(1)科学的管理法(scientific management)の時代
労働意欲を高めようとする施策は、18世紀末から19世紀前期までの産業革命から、単純出来高払い賃金のようなきわめて素朴な刺激的な施策や、ときとして暴力まで振るう方法で行われている。
我が国でも明治期にはそうであった。それがある程度合理化され、いわゆる「科学的」になりはじめたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのF.W.テーラーによる「科学的管理法」の一環としてである。
しかし、それでさえも、現在の「労働意欲管理」からみれば、経済的刺激を主としたまことに一面的なものであった。
そこで、現在の「労働意欲管理」の本質を正しく理解するためには、テーラー以降現在にいたるまでの、労働意欲を高めるためにとられてきた諸施策・諸技法の発展過程を、簡単ではあるがひととおり知ることが必要であろう。
テーラーは近代的管理の鼻祖とする見解もある。近代労働管理は“科学的合理主義化”、および“労働三権を認めた労働組合の承認と人間性を尊重する民主主義化”とが2大原理であると考え、その点からみるとテーラーには後者の面が未成熟であった。
人間は生理的欲求や安全・安定の欲求によって合理的に行動する、いわゆる経済人という抽象的な人間把握を行っていた。
テーラーは近代労務管理の先駆者ではあるが、労働管理全体の鼻祖とはいえない。
テーラーの労働意欲向上施策についても同様で、時代の制約もあるが、労働意欲を単に「差別出来高払制」という能率賃金制度によって向上させようとしている。
これは従来の単純出来高制度に比べて、標準を「科学的」に設定した点と、単価の切り下げを行わない点で進歩しているが、労働者を経済人としてしかとらえておらず、その後の“人間性”認め尊重した労働意欲管理に比べて、はるかに初歩的であり、一面的であった。
近代労務管理の起点となった“personal management”(ここでは“近代労務管理”と呼ぶことにする)は、1920年代から30年代前期にかけて形成され、その最大の特徴は、第1に第一次世界大戦を経て労働組合の発展と労働者の人間性尊重を認識したことである。
第2に、それに関連して「産業心理学」が発展し、また20年代後半からは「社会心理学」が形成し始めるなど科学化が進み、近代労務管理がこれを取り入れたことである。
その結果、労働意欲向上としても、第一に能率給はテーラーの「差別出来高制度」に比べて、労働者の人間性を配慮した「最低保証付き」のものになり、第2に能率給以外に「従業員サービス」(personal service)と呼ぶところの労働者の人間的自律を重視した非金銭的な福祉施設、たとえば「快適な工場食堂」や「住宅斡旋サービス」「育英資金貸付制度」、福利施設の労働組合または従業員代表との合同運営などによって、労働者のモラール向上による間接的な労働意欲の向上を図っている。
これは欧米先進諸国に広くみられる。
テーラーは課業(task)を中心とする管理構造と労使協調の体系を展開した。
テーラーによれば、『高賃金・低労務費』を実現するためには、次の4つの『課業原則』が貫徹されねばならないとした。
- 日々の高い課業
- 標準的諸条件
- 成功した場合の高賃金
- 失敗による損失負担
課業は、『公正なる1日の作業量』を意味し、能率を評価するための基準をなした。
(2) ホーソン実験(Hawthone experiment)
アメリカのウェスターン・エレクトリック会社のホーソン工場で、ハーバード大学社会心理学教授のエルトン・メイヨーやF.J.レスリスバーガーなどが、1924年から1932年まで4回にわたって、いわゆるホーソン実験を行った。
そして、その結果について30年代末期まで理論化が図られ、“人間関係研究”(human relations* approach)が形を整えた。その成果は、40年代から部分的に労務管理に導入され始め、50年代になると、花盛りというべき新しい時代を迎えることになった。
ホーソン実験とはシカゴのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、動機づけの実験を行った。
ホーソンでの実験が始められたのは電気製品部門の女子組立工の生産性をあげるために、工場の技師が照明度を変えて実験していた時であった。
技術者は、照明を明るくしようが、暗くしようが、もとのままであろうが、実験がなされた各組立部門では、一様に生産性が上がったことに大変驚いた。
メーヨーたちは休止期間や一日の労働時間の長さをかえて実験を続けた。
再び生産は実験内容にかかわらず増えた。研究者たちは偶然にではあるが、動機づけの有力な原則をみつけた。
“責任者が労働者の協力を得ることによって、状況を人間的に堅実な状態に保持しようと努める場合に、チームは誠心誠意かつ自発的に実験に協力したことであった。
そのチームは実験に選ばれたことによって、照明の明るさにかかわらず生産性は上昇したのであった。
第二の実験は「面接実験」といわれ1928年から1930年にかけて行われた。
この実験は、面接者が従業員と直接面接して従業員が関心を持っていることをかたらせるというものであった。
しかし、この実験も従業員の抱く感情問題を中心として、多くの困難に突き当たった。
ただしこの「面接者」というものが、個人の無用な感情的紛糾の原因を除去できることや、経営にとって客観的価値を持つ情報源である、というような利点を持っていることがわかり、その後の人事管理上の1つの重要な方法になった。
第3の実験は「バンク捲線観察実験」といわれ1931年から1932年にかけて行われた。
この実験は、捲線、ハンダづけ、検査という3作業集団を対象としての観察実験であった。
この実験の結果、レスリスバーガーの整理によれば各作業集団のうちには、次のような4つの人間感情が存在していることが判明した。
- あまりにも仕事に精を出しすぎてはいけない
- 仕事を怠けすぎてはいけない
- 仲間の誰かが迷惑するようなことを、上司にしゃべってはいけない
- あまり他人におせっかいをしてはいけない
従業員はこのような人間感情を有するものであって、それを無視しては能率を向上しえないということであり、組織にはこのような感情を持つ作業員の自然発生的で非公式な組織(インフォーマル組織)が存在するということであった。
このホーソン工場実験は、人間関係というものに注目し、マネジメントにとってこれを深く理解することが重要であると指摘した。
組織の生産性に最も影響をおよぼす要素は、賃金や労働条件でなく、仕事上で発生する人間関係だということを明らかにした。
インフォーマル組織がマネジメントと一体感を抱く時、生産性が高まることを発見した。
マネジメントは、しばしばインフォーマル・グループが強力になることを警戒する。
組織には、なんらかの活動、相互作用、感情が必ず存在する。
仕事(活動)は人々に協力(相互作用)を求め、協労を継続せしむるよう人々に満足(感情)を与えるものでなければならない。
仕事上、お互いに作用しあう中で、お互いへの感情が醸成される。
グループ・メンバーの活動と感情は、だんだんとお互いに似通ったものになる傾向があり、そのグループには特定の状況下ではどう振る舞ったら良いかという点について、メンバーの期待なり集団の規範が生じやすい。
インフォーマル組織には、対内的機能と対外的機能が働く。
対内的機能は、集団成員に対して特有の集団基準遵守のためのさまざまな圧力(例えば、社内イジメ等)を加えることがある。
対外的機能は、集団の外から集団にかけられてくるさまざまな干渉に対して集団を守ること、集団の持つ既得権、規範、慣習といったものに影響する様々な変化に抵抗するという活動である。
集団の外に対しては互助会的な働きかけをする。
インフォーマル・グループが問題となるのは、一般的に生産低下をもたらす可能性を持つからである。
また、変化への計画と実践においてしばしば集団間の葛藤を引き起こし、公式の組織目標に反抗する非公式組織が発生しやすいからである。
このインフォーマル・グループが団結が固く、誰も離反させないようであれば、メンバーを集団の規範に従わせ、逸脱者に対して制裁を加えることは容易である。
例えば、明らかに製品に品質問題があっても、責任を追求される人がいるため、あえて品質問題があることを誰も言わない(未必の故意)こともある。
強力なインフォーマル組織は有害であることが多いが、対処の仕方によっては必ずしも全てが有害であるわけではない。
勝ち組みと呼ばれている企業は、インフォーマル組織の構造を理解、下記を行うことによって集団間葛藤を防止し、これを十分に活用しているように思える。
- マネジメントとして、グループごとの個別目標の達成よりも、全体目標への貢献を強調すべきである。
- グループ間の意思疎通、および相互接触の頻度を増すとともに、助け合うグループに報償する制度を作るべきである。
- 可能な限り、ローテーション等によって、各部門で働く機会を与え、相互の、そして集団間の問題に共感できるような広い経験の背景を持たせるべきである。
また、フォーマル組織とインフォーマル組織を問わず、グループを必要以上に競争させないことも重要である。
より調和した組織を作り上げようとして、同じ価値観を持ち、同じ行動様式を持つ時、折り合いもうまくいく傾向にあり、強調もしやすい。
しかし、同類相集まる方式の選考は、創造性や革新の息を止めてしまうことが明らかになっている。
(3) 人間関係(human relations)研究の時代
人間関係研究の労働意欲向上施策についてみると、第1に職長の部下の扱い方の改善(戦時中に開発されたT.W.Iの中の“人の扱い方”など)、第2に上司による部下への定期面接による個人理解の推進(ホーソン実験中に開発された非直接的面接法を活用する)、第3に職場・事業所・企業レベルでの三路(上、下、左右)意思疎通の諸制度の設定(職場懇談会や協議会の設置、工場ニュースや社内報の発行、社内報に従業員の随筆や意見、あるいは“社長、工場長などに尋ねる欄”、職場紹介などの掲載、従業員モラール・サーベイなど)と職場での決定参加(主として生産・技術事項)などによって、職場・事業部・企業レベルでのモラール(帰属意識・一体感)向上を図った。
このモラール向上は、労働意欲向上の基礎として労働生産性向上に寄与するとの理論に基づくものである。人間性重視から生まれた新しい労働意欲向上策であり、これを計画的、組織的に行い、従業員モラール・サーベイによってその成果を見定め直すという管理意識を取り入れることによって、ここに『労働意欲管理』本格的に形成されたとみてよい。
しかし、この人間関係研究に基づく労働意欲向上施策は、確かに人間性を尊重しているが、人間の意識はきわめて動態的、流動的であることを十分に認識していない欠陥がある。
また、金銭的物的要求には、一方にこの新しい科学である人間関係研究の成果を取り入れながらも、他方に従来の金銭的インセンティブの中の昇給とか成果配分、集団インセンテイブ賃金などが併用された。
人間関係研究の基本的性格として、次の2点が考えられる。
- 管理者主導型の社会的な労働環境の維持・改良という側面を持っている。
管理者が人々の協業を維持し確保する能力を身に付け発達させることによって、社会の経済的機能と社会的機能を調和させることである。
- インフォーマル組織の把握とその積極的利用の提起。
(4) 組織行動学(Organizational Behavior)の時代
組織行動学は、1960年代に入って確立された。組織における人間行動を科学的に分析し、問題解決の方法を発見する実践的な学問である。
人間関係論における『組織で働く人々は社会を作る』というソーシャルな部分と、
経営における制度論・技術論的なテクニカルな部分と不可分であり、相互に影響を及ぼし、拘束し、促進しあっている。
『テクニカル』な部分には、企業ドメイン、経営の会計制度や評価制度等が入いる。
これら2つを同時に考慮しなければ組織のマネージメントできない。
この考えを最も大きく体現した成果が、コンティンジェンシー理論(組織の条件適応理論)である。
技術的環境・市場的環境に『適応』するように組織を作ってマネジメントすべきだ、という理論である。
(5)マズローの欲求5段階説
第1はA.H.マズロー(Maslow)の“欲求5段階説”である。
マズローによれば、人間の欲求には自ら段階があって、これらは次のような順序をなしている。
- 生理的(衣食住)欲求、
- 安全・安定(身体の安全と生活の安定)の欲求、
- 社会的親和(仲間として、あるいは集団の一員として受け入れられたい)の欲求、
- 自尊(上司に認識されたい)への欲求、
- 自己実現(自分で目標、計画をもち自主的にその達成を図りたいなど)欲求
生理的欲求はある程度満たされるまで最強の力を持ちがちである。
これは生命を維持するための人間の基礎的欲求 − すなわち、食物、衣服、住居への欲求である。
この欲求が、身体の維持・動作に必要な程度へ満たされるまで、欲求の大半は、おそらくこの段階のものに終始する。
だが、こうした基礎的欲求が満たされ始めたとき、生理的欲求よりもむしろ他の段階の欲求が優先するようになり、これが人間の行動を動機づけ、支配するようになる。
こうしてこの欲求がある程度満たされると、さらに他の段階の欲求が頭をもたげ、以下、欲求の段階の順をおって行くことになる。
生理的欲求がひとたび満たされると、安全または安定の欲求が優先するようになる。
この欲求は、本質的には、身体上の危険および生理的欲求充足の阻止から逃れようとするものである。
言い換えれば、自己保身の欲求である。
人間には、当面する現実への関心に加えて、将来の不安がある。
明日の、そしてさらにその先の食べ物や住まいを得られるよう、財産や職を維持することができるだろうか。
もし、安全や安定に危険があるとしたら、他のものは重要ではない。
生理的欲求、および安全の欲求がひとたびある程度満たされると、社会的または連帯の欲求が、欲求構造の中で優先する欲求として頭をもたげてくる。
人間は社会的存在であるから、いろいろな集団に属し、また受け入れてもらうことへの欲求を持つ。
社会的欲求が優先するようになると、人間は他人と意味のあるつながりを持つべく努力するようになる。
社会的親和の欲求がある程度満たされると、一般的に単なるメンバーとしての集団への所属以上のものを求めるようになる。
かくして自尊 − 自負心の満足と他人の尊重を含めて − が欲しくなってくる。
たいていの人には、現実を踏まえた自己評価が高いものであることを望む気持ちがある。
すなわち、他人から認められ、尊敬されることを求める気持ちである。
こうした自尊への欲求が満たされることによって、自信が湧き、威信、力、支配感が感じられるようになる。
自分が有能であり、状況を変更する影響力を持つ、と感じ始めるのである。
しかし場合によっては、自尊を求める欲求を建設的行動を通じては満たすことができないことがある。
こうした場合、人間はこの欲求を満たすべく、破壊的で未熟な行動によって注意を惹こうとする。
子どもがカンシャクを起こしたり、労働者が作業量をわざと制限し、また仲間や上役と口論を始めたりするのがそれである。
自尊への欲求が、適切に満たされ始めると、自己実現の欲求が、前面にあらわれてくる。
自己実現欲求は、自己の持つ可能性を最大限に伸ばそうとする欲求である。
『人間は、自分の成りうるものに、ならねばならぬ』という衝撃を持つ。
すなわち、自己実現とは、自らの成りうるところのものに成ろうとする欲求である。
人間はこの欲求をいろいろな異なった形で充足する。
これに関すると思われる2つの動因 − つまり、有能さと達成、がある。
有能さを望む人は、座して事の起こるのを待つことを好まない。
状況を操作し、事を起こさしめることができるように望む。
高い達成意欲に恵まれた人びとの特徴は、適当に難しく、だが達成可能な、目標を設定したのである。
達成意欲の高い人たちのいま1つの特徴は、成功の報奨よりも、自己の内面・個人的達成感を重くみることである。
もちろん報奨を拒絶するわけではないが、達成それ自体に比べて報償はそれほど大切と受け取られない。
受け取った金銭や賞賛からよりも、難しい問題を克服し解決したという事実からのほうが、より大きな『ぴったりしたもの』を感じるのである。
必ずしも前段階の欲求が完全に満足されない限り、次の段階の欲求が最優先欲求にならない、ということにはならない。
実際には、今日の社会のたいていの人は、それぞれの段階の欲求をある程度満たしており、部分的に満たしていないという状態にある。
社会的欲求、自尊の欲求、自己実現の欲求、といったレベルの欲求に比べて、生理的欲求や安全・安定の欲求は大きく満たされている。
マズローの欲求段階説は、必ずしも、1つが済んだら次、といった画然たる考えではなく、どの欲求が起こりやすいかを確率的に示したものである。
(6)モチベーション衛生理論
F.ハーズーバーグ(Herzberg)の“モチベーション−衛生理論”がある。ハーズーバーグはマズローの要求5段階説を批判して、要求の中にも、その要求が満たされねば著しい不満を生むが、それが満たされてもとくにやる気になるわけではなく、いわば保険衛生のような予防的・環境的な要求(“衛生要因”または“環境要因”という;Hygiene)と、その要求を達成しようとして積極的に“やる気”になる“モチベーション要因”とがあるとする。
この『衛生(Hygiene、これを直訳しようとすれば“衛生”となるが、内容的には“環境”といえる要因も含まれている)要因』と『モチベーション要因』とを、ハーズバーグは次のように表示している。
これらの諸要因をマズローの5欲求に強いて当てはめてみると、衛生要因の中の「金銭」はマズローの@に、「安全・作業条件」はAに、「対人関係」はBに、「監督者のあり方」と「身分」とはCに、「モチベーション要因」の中の「達成」と「達成を認められること」および「責任の増大」はCに、「チャレンジングな仕事」と「向上と成長」はDにあたるといえよう。
この中の「チャレンジングな仕事」と「責任の増大」とは、「職務充実」にあたるとみられ、ハーズバーグはこの「職務充実」をインセンティブ要因として強く提唱している。
マズローやハーズバーグは、“やる気”の動因である人間の内的欲求については多く述べているが、その“動因”に働きかける“誘因”についてはあまり明らかにしていない。
『経営者の職能』(1938年)の著者として有名なC.I.バーナード(Barnard)は、同書の中で“誘因”について、系統的に述べている。それによると、誘因には客観的側面と、主体的側面があり、客観的側面には、
- 物質的誘因
- 個人的・非物質的機会
- 好ましい物的条件
- 理念的恩恵
などのように、個人的に特定な“特殊的要因”と、
- 社会的接触上の魅力
- 習慣的態度への適合
- いっそう広く参加する機会
- 意思疎通の条件
などのような“一般的要因”があるとする。
こうした“客観的誘因”以外に“相手の態度を改変させる方法”として“説得”という主体的方法があることを指摘している。
(7) マグレガーのX理論・Y理論
D.マグレガーの(Duglas McGregor)は、『企業の人間的側面』(1960年)の中でX理論・Y理論を述べた。この理論によれば、労働者は本来怠け者で、金銭で刺激し、監督を厳重にしていちいち命令しないと働かないものだという考え方を“X理論”と呼び、これに対して労働者も一定の条件(それが主として前述のマクレガーによる『誘因』の諸制度である)のもとでは、自ら進んで創意を発揮して働くものだという考え方が“Y理論”である。
X理論では、大多数の人間は命令されることを好み、責任を負うことを好まず、なによりも安全・安定を望むものだと仮定する。
したがって、人は金銭と金銭以外の形の手当、および罰への恐れによって行動を動機づけられるものだということになる。
X理論を是とする管理者は、信頼に足らず、責任感も乏しく、かつ自律的に欠ける人間というものを扱うには、仕事をがっちりと設定し、統制を厳しく行い、細かく指示し監督する必要があると考える。
Y理論では、人間は生得的に怠惰で信頼できないものではなく、適当な動機づけさえあれば、基本的に自律的に作業するものであり、かつ創造的であると考えられる。
したがって、マネジメントという仕事の本質は個々人の内にある潜在的可能性を触発することでなければならない。
正しく動機づけられることによって、誰でも努力を組織目標の達成に向けながら、しかも自己の目標を最上のやり方で達成することができるようになるのである。
クリス・アージリスは、心構えと行動を区別して、X・Y理論に2つの行動パターンAとBを結び付けて展開した。
行動パターンAは、X仮説に対応し関連する対人行動、グループ・ダイナミックス、組織風土である。
人は感情を口に出さず、内向的で冒険を好まず、それでいて他人が同じように同じように行動することを好まない。
このような行動には細かい監督と高度の仕事の構造化がふさわしい。
行動パターンBは、Y理論に対応している。
パターンBの人は、感情を表現し、外向的で、冒険的、しかも他人がそのように行動することに好意的かつ是認的である。
したがって、この行動は他人に対し育成的・促進的となる。
結果として、信頼と思いやり、そして個性尊重、の風土を作り出す傾向を持つ。
マクレガーが同書の中で誘因となる諸要因をあげている。それは、
- 昇給
- 昇進
- 自己申告による異動
- 原価引下げ分の配分
- 成果配分
- 決定への参加
- 公平に扱われているという信頼
- 上司からの信頼
などである。
またハーシィー、ブラチャード共著の『組織行動の管理』では、『誘因とは、“期待されている”報酬』であるとして、その具体的なものとして『賃金』『福利厚生』『明るい作業環境』などをあげ、具体的でないものとして『賞賛』『共感』『承認』『達成感』などをあげている。
“誘因”とは、だいたい以上のようなものである。これらの誘因のどれが、各個人個人が強く感じている内的要求(動因)を満たすものになると期待するかということは、管理者が部下との適切な接触・面接・話し合いによって察知する必要があり、それによってその管理者が、部下に“やる気”をもたらせることができるか否かが決まるとみてよい。
一定の条件のもとで部下から“やる気”を引き出す活動がリーダシップである。
(8) 職務充実・職務拡大
ハーツバーグ(F. Herzberg)の指摘する仕事への動機づけを高めるための職務充実(job enrichment)は、代表的なものである。
職務を遂行するとき、計画−実行−統制のマネジメント・サイクルがある。専門化の分業によって、計画と統制が管理者の役割となり、作業者は実行部分を担当すればよいとした。すなわち、管理者は緻密な計画によって定量的な目標を設定し、目標達成の指揮・指導を行い、結果の測定評価をする。
そして、作業者は管理者の計画・指示・命令に従って実行すればよいというものである。こうしたマネジメント思想は、作業者の職務に対する動機づけを損ない、作業者に不満足を生じさせる原因となる。
こうした「計画と実行の分離」は食物の摂取と消化を別人で行えと要求するのと同じであり、できないことである。
そこで、いずれの職務にも計画−実行−統制のマネジメント・サイクルがふくまれていることが大切であることを明確にしたのが、職務充実である。
また、職務拡大(Job Enlargement)も職務のあり方を求めた一つである。職務充実が作業者の実行にともなう計画・統制を管理者から委譲し、作業者自ら計画し、実行し、評価統制するという職務の高度化であり、垂直的拡大であるのに対し、職務拡大は分業による単能工化による人間の機械化を職務内容の多様化、水平的拡大で職務の幅を増やし、多能工化をめざし、職務への動機づけを高めようとするものである。
(9)期待の理論
人間の“やる気”の大小は動機の強弱によって相違する。人間はだれでも心の中にいろいろな要求(動因=motive, drive)を持っているが、その中のなんらかの要求が、仕事の達成から得られることが期待される成果と結び付けば、やる気が起きる。
そこで、どんな要求が仕事の達成とどんな誘因で結び付くのかが問題となる。これらを説明したのが、各種の要求(動因)の理論と誘因の理論である。
人間の内的要求にはいろいろなものがあるが、そのうちのどれが最も強いかということは、生活水準の相違によって異なるし、個性によっても相違する。したがって、動因を“やる気”に発展させる誘因も、個々人が現在持っている最も強い要求に合致するものでなくては、有効な誘因にはならない。
そこでこの動因、つまり内的要求にどんなものがあり、何が一番強く現れるかということについて、現在最も一般化している説が2つある。
ひとつが本人の期待である。例えば、昇給や昇進を本人が期待していたなら、昇給や昇進が誘因として“やる気”になる。
もうひとつの期待が上司の期待である。
マネージャーの部下に対する期待および扱い方により、部下の業績および能力向上の度合いも決る。
多くの場合、部下は自分に対する上司の期待に沿って行動する。
優秀なマネージャーに特有の特徴は、部下を信頼し、部下に高い業績を期待できるという能力を持っている。
無能なマネージャーは、部下の能力を信頼し期待することができないので、その結果、部下の生産性も悪影響を受ける。
日本的特徴であるTQM、TPMや後で述べる安全管理の小集団活動は、Y理論による労働者の人間性を信じることに基礎が置かれている。
しかし、TQCのように恣意的に成果をコントロールできると錯覚している企業が少なくない。
恣意的な年俸制の導入、成果主義や目標管理によって、X理論に傾いて効果がでない閉塞的な状況に落ち込んでいる。
人間が学習するということは、自発的な意志に頼らざるを得ないのです。
外から統制したり、脅かしたりすることによって、人は仕事をするかもしれないが、成長することはない。
確かに性善説を唱える孟子的人間観は存在し、人間は自分が立てた目標のために働く本性を持っている。
人間を大切にし、人間の持っている素晴らしい可能性に期待するからコーチングは成り立っているのです。
参考ホームページ
参考文献
- 『行動科学の展開』(人的資源の活用) ポール・ハーシー、ケネス・H・ブランチャード著 1978年5月31日 生産性出版
- 『労務管理入門[増補版]』 奥平康司・菊野一雄・石井修二・平尾武久・岩出博著 1992年5月30日 有斐閣新書(B29)
- ベンチャー企業の『仕事』 太田肇著 2000年1月25日 中公新書(1571)
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