生産管理講座

組織論



組織論


 組織には、組織形態と管理システムがあり、これに個人と組織とのかかわりあい(これをスタイルと呼ぶ)がある。 組織と、その組織が提供する製品やサービスとの間には強い関係がある。
 欧米の企業では、戦略を実行するために職務規定が定められ、職務規定にふさわしい人を雇用している。 このことは組織化と呼ばれている。
 一方、日本の組織では、職務規定はゆるやかに定められ、社員それぞれが能力を発揮して、戦略を実行して言った。 まず、社員個人があって、戦略を実行するように社員個人の役割り、つまり職務規定を変更して実行していった。 このことを野中郁次郎教授は『自己組織化』と呼び、日本企業の特徴であり、強さであると考えた。

 ところが、職務規定があいまいに定められていることから、誰がどんな仕事を行なっているのがわからなくなってしまった。 従来では、誰がどんな仕事を行なっていたのかは、濃密なインフォーマル組織を通して理解される仕組みがなされていた。 現在では、成果主義人事制度の影響もあり、個人が集団が情報を隠し、取引するようになった。 情報を出すには、見返りの情報を要求することが当然のことのようになった。 仲良く一緒に話しをしているが、仕事の話しや個人的な事柄については必要以上には聞かなくなり、人間関係は希薄になっている。

 従来ならば、先輩から後輩に仕事を教えるのは当然のことであった。 先輩から仕事を教えてもらったり、飲みに連れてくれた恩返しは、後輩に仕事を教え、育てることと考えていた。 しかし、最近では先輩と後輩の間でも、取引の関係を持ち込んでいる。 後輩に仕事を教えるのは、露骨に見返りを要求する。 その見返りは、会社全体に対するものでなく、個人的な昇進や昇給に役立つことを要求してくる。 『裏切り』という言葉を使い、同じ穴の狢(むじな)になることを要求してくる。

 人中心に仕事が行なわれる組織になってしまい、企業改革や変革を行なう時、組織そのものが戦略に対して対立してくる。 『自己組織化』は、良い方向に向けば強い力になるが、そうでなければ部門(本部)が徒党組み、会社を草刈場にしてしまう。
 日産リバイバルプランでカルロス・ゴーン氏が行なったことは何だったか? 経営計画は以前のものを作り直したものと言われている。 新しい経営計画を策定したのではなく、組織改革を行なったのである。 組織・経営風土が悪いと、どんなに斬新な経営計画を策定しても、実行されることはなく、経営が改善されることはない。 企業風土や組織は脆弱である。 火事と同じで組織も火事が大きくなると消火は難しくなる。初期消火に努めなくてはならない。 企業内における徒党化に対しては、厳粛に対処しなければならない。 あくまでも企業全体の利益を優先させる方向に向けなくてはならない。

 日本企業が必要としているのは、企業全体としてどのように事業を運営していて、その中でどのように収益を上げていくかを社員全員で共有していかなければならない。 成果主義人事制度では仕事に関係する教育しか行なわなかったが、企業が収益を上げていくための経営についての教育も行なわなくてはならない。 日本の競争力の強さは日本的な精神もしくは思想にあったと考えられるが、いつの間にか技法そのものにすり換えられてしまった。 いわゆる和魂洋才である。 人事管理の技法をいくら換えても企業は良くならない。 精神的な部分を変えなければならない。 企業の収益が悪いことは、人事部門のトップの引責辞任の理由として十分である。

 組織形態とは、官僚組織、事業部制組織、カンパニー制、職能別組織、ネットワーク組織などがある。 ほとんどの自動車メーカーでは、開発、購買、生産技術、販売、生産のように職能別組織をとっている。
 管理システムとは、組織の中で誰が意思決定し、誰が実行に責任を持ち、そのためにどのような権限が与えられているかである。 日野 三十四氏の『トヨタ経営システムの研究』では以下のように構造を提言している。
  1. 商品力・ブランド力
  2. 生産機能
  3. 経営機能
  4. パラダイム
  5. 経営理念・DNA

 日野氏はパラダイムと経営理念・DNAを下部構造と呼び、それ以外を上部構造と呼んでいる。 下部構造の濃い会社ほど、上部構造も濃いと主張している。

 私個人的には、上部構造と下部構造は調和がとれていることが好ましいと考えている。 上部構造は、組織、業務プロセス、人事プロセスといった企業戦略を動かすハードウエアであろう。 企業を外側からの視点で見た時の形態である。 一方、下部構造は内部からの視点、もしくは事業のパースペクションと考えている。 下部構造は『個人の行動指針』とか、企業運営のソフトウエアに当たる部分と考える。 具体的には、『ものの見方』や『仕事のやり方』、つまり組織に共有された思考パタンや行動様式である。 言い換えれば、社内のパワーゲーム(社内政治)のあり方そのものが、パラダイムであろう。 企業文化は、パワーゲームのあり方を鏡に映し出したものであろう。

 日本の大・中堅企業は、欧米企業のマネをして成長した企業が多い。 これらの企業は上部構造が濃いのに比較して、下部構造はあまり濃くないであろう。 その典型的な例が、“みこし経営”であろう。 しかし、日本企業が欧米企業と肩を並べるまで成長した現在では、下部構造の濃い会社が上部構造も濃く、業績が良いという状態になった。

 マッキンゼー社のプロジェクトから生まれ、ピーターズ&ウォーターマンが書いた『エクセレント・カンパニー』では優良企業に共通に見られる特徴として、下記の8項目を指摘している。

  1. 行動重視
  2. 顧客との密着
  3. 起業家精神の尊重
  4. ヒトを通じた生産性向上
  5. 価値観に基づく実践
  6. 基軸を離れない多角化
  7. 簡素な組織と小さな本社
  8. 緩急自在の同時コントロール

 これらは下部構造の特徴と指摘している。

 野中 郁次郎氏は著書『企業進化論』の中で、企業文化の創造について下記のように書いている。
 企業文化とは、単一の要因でできるものではない。 いろいろな要因が複合的に作用し合い、しかも長い時間を経て形成されるシステムである。 それらのなかから、重要な規定要因をあげれば、価値、英雄、リーダーシップ、組織・管理システム、儀式・運動、技術・市場特性である。
 野中郁次郎氏の組織の考え方は、組織と個人の関わり合いのスタイルを重視している。 戦略を実行するために組織は存在する。 しかし、個人やグループ、特にグループには与えられた目標があるにも係わらず、創造的仕事においてより高い目標を目指すことがある。 それを自己組織化と呼んでいる。 既存の管理システムでは、与えられた目標以上を目指さない。 ところが、自己組織化は目標を勝手に高い方に設定し直し、それよっては責任と権限も書き直される場合もある。 組織をトップダウン以外の方法で、直すという面で自己組織化と定義しているのである。

 『ナレッジ・イネブーリング』では、ケアのあり方によって知識創造は異なるプロセスをたどる。 創造的でより高い目標を達成するということは、新しい知識を創造したと表現している。 高いケアが知識創造を作り出す。 高いケアとは、信頼、積極的な共感、進んで助け合うこと、寛大な判断、勇気が組織内に十分ある状態を示している。 具体的には、経営者層が従来の慣習に捕らわれず、新しい試みをする社員に対して好奇心と謙遜の目を持つことである。 目を外に向けて、異なる経営文化を積極的に学ぶ態度でもある。

 低いケアとは、それらが欠如している状態である。 低いケアでは、責任と権限、特に権限を既得権として守ろうとして、自己組織化を否定する。 わかりやすく言えば、常に与えられた目標より高い目標を目指し、自己組織化を受け入れる寛容な態度がないということである。 当然、知識創造は行なわれなくなる。 この傾向は人一倍自負心の強い企業や組織で起こりやすく、代償を支払わなくてはならない。

 日本企業の特徴として、戦略を実践して学ぶという創発的な部分が多く占めていた。 知識創造なくして、創発的な戦略は実行できず、企業は戦略そのものを実行できなくなる。 いわゆるタコ壷化現象である。 専門家でない個人や組織が、専門化であるように装うため、知識を一人占めする現象である。 タコ壷に閉じこもり、他の人が知識を得ようとすれば、『迷惑する』とか『他人に対する思いやりがない』とか言って攻撃する。 また、専門家らしく見せるために、言葉にも注意する。 ただのレイアウト変更でも体制整備と言ったり、ただのシュミレーションをケーススタディとか言う。 タコ壷化現象といえば、社員全員が被害者のように思えるが、実際は社員全員が加害者であり、最大の被害を受けるのは企業そのものである。

 かつてはTQC活動が、最近では成果主義人事制度が、高いケアを低くした。 知識は権力の源とも考えられ、知識が俗人化する組織では、同様に集団どおしで知識が取引される。 社内ではパワーゲームに熱中し、企業は疲弊し、社員は低い能力のまま放置され、人材は玉石混合の状態になる。

 
個人的知識(個人の知識)
社会的知識(集団の知識)

低いケア


押収
知識を独占し、人と共有しない


取引
文書化等された他の形式知とやりとりする


高いケア


提供
積極的に自分の考え方を提供し、相手の役に立とうとする


内在化メンバーとともにコンセプトを内面化する



 日野氏の述べる下部構造が濃いほど、自己組織化が起こりやすく、知識創造も起こりやすいことを表している。 しかし、下部構造が濃ければ、自動的に上部構造が濃くなるわけではない。 濃い下部構造が、高いケアを実現し、それによって上部構造が濃くなったものと考えられる。 野中郁次郎教授は『知識創造企業』の中で、日産自動車では知識創造は確かに起きたが、その後日産自動車は破綻状況に陥った。 社内の一部で起きた知識創造が、全社的に広がっていかなかったためと説明されている。 知識創造が起きても、組織の管理システムがそれに対応して新しくならなければ、企業改革は起こらない。 新しいワインは、新しい革袋にということになるだろう。

 逆に、ブームに乗っている企業は下部構造が濃くなくても、上部構造が濃いことがある。 しかし、ブームの終焉とともに企業の命運が尽きることが多い。 これと同様のことが、1990年代に起こったものと思われる。 下部構造と上部構造ともに濃いことが、永続的成長の必要条件となる。

 戦略の変更に伴って、組織形態の変更を研究したのが、アルフレッドD.チャンドラー,Jrであった。 企業史家とも呼ばれているアルフレッド・チャンドラーは、1962年に『戦略と組織』と題する有名な本を書いた。 この本の中で『組織は戦略に従う』というたいへん強力な概念を打ち出している。 最近、『組織は戦略に従う』という題名で、再翻訳された。

 この本は1920年代のアメリカにおける事業部制の成立を扱ったものと言われる。 しかし、野放図に強大になり過ぎ、分権化した事業部の足並みを、いかに揃えさせるかという問題を扱ったものと考える方が良い。
 この本は、現在の日本でもたいへん役に立つと考えられる。 今、多くの企業で、各々の事業部や部門が勝手な動きをし、全社的な足並みを揃えようとしない問題が起こっている。 これらの企業では効率よく組織形態を変更する場合もあれば、場当たり的に組織を変更し、多大な犠牲を伴うこともある。
 日本の産業が世界水準に並び、生産指向から顧客指向に変わり、そこで必要とされる戦略も変わってきた。 しかし、経営委員会を作っても、委員の取締役は出身部門の利益の代表者にしかすぎなかった。 他部門の業務を調べることも、自部門の業務を全体に合せて効率化することもしなかった。 企業の意思決定が部門間の力関係や取り引きによって決められていた。 全社的な視点で考えるのは、社長1人で、重い重責を追わざるを得ない構造になっている。

 チャンドラーは、顧客指向によって多角化した組織の特徴を、プランニングの集権化と実行の分権化と分析していた。 この方法が現在の日本でも通用することを、カルロス・ゴーン氏が日産の改革で証明してくれた。
 カルロス・ゴーン氏は、本筋では経営委員会を強化すべきであったと思う。 実際は、経営委員会のワーキング・グループにあたるクロス・ファンクショナル・チームに、全社的な視点での戦略(プランニング)を任せた。 現実的な方法を取り、退職が近い取締役より、次に経営委員会メンバーとなる可能性の高い人材の育成を優先させた。
 カルロス・ゴーン氏は“優先順位とガイドライン”は、社長が決めるものと決定し、方針管理で全社員に周知させた。 クロス・ファンクショナル・チームから日産自動車の現状を聞き、“優先順位とガイドライン”を決定した。 決定された“優先順位とガイドライン”に従って、クロス・ファンクショナル組織を導入した。 権力は1つの指揮系統を好む。 二つの指揮系統で同じことができるようにし、セクショナリズムを退けようとしたのである。

 多くの日本企業で人事部門が行なった改革は、組織形態のみを変更し、管理システムを変えなかった。 また、社員をどうにかすれば、企業は改革するだろうという考えのもと安直な成果主義も導入された。 全ての行動に対して計画を作成し、自発的な行動や学習を禁じたのである。 人事部門は、組織の複雑な機能を理解していなかったのと、企業がどのようにして成長しているのかを知らなかったのである。

 カルロス・ゴーン氏は組織形態はあまり変更しなかったが、管理システムはほとんど変更している。 そのうえで、自発的に計画し、学習し、結果責任をとるという成果主義を導入したのである。 方針管理が行き届いていたことは、多くの日産の社員がカルロス・ゴーンとともに日産を改革したと述べていることより推定できる。

 不確実性の時代においては、組織はアメーバーのように形を自在に変えることが要求される。 しかし、実際には組織は単に受動的に環境に適応するのではなく、戦略の策定・遂行を行うことで主体的に環境に対応している。 また、同じ環境下に異なる組織特性が同程度の有効性を発揮している。 『はじめに戦略ありき』ではなく、『はじめに組織(企業風土)ありき』が真になってきた。 つまり、不確実性の高い時代において、主体的にその戦略と組織を環境にあわせて創造的に変化させることのできる組織が重要になってきた。 日産自動車の課題は、下部構造の企業風土をいかに濃くするかであった。

 とはいえ、企業が大きな変革をするには、企業家精神を強く持ったリーダーを必要とする。 しかし、下部構造の濃い組織では、リーダーは組織の中なら現れる。 残念ながら日産自動車では、下部構造が強くなかったため、リーダーを社外から招聘せざるを得なかった。

 コーネル大学のカール・ワイク氏は、組織が習得し、適応するには、あきれる程ながい時間が必要だという意味のことを言っている。 組織内の慣行について、それがとっくに実際的な意味をまったく失った後でも、組織は強迫観念にとりつかれたようにそれに関心を持ち続けるという。 まず考えなければならない経営の戦略的前提条件(例えば、管理第1主義でいくか、あるいは重点主義でいくか、といったこと)は、経営システムの些事の中に、時がたつにつれて当初の意図が不明瞭になってしまったような慣行の中に、埋没しながらも、しかも脈々と生き続けている。
超優良企業の特性のうち、最も重要なもののひとつが、放っておけば次第に複雑になっていく自然の傾向に逆らって、あえて物事を単純化し続けることの大切さを熟知していることだろう。

 その後、分権構造への移行の波がひとまず落ち着くや、これが必ずしも万能でないということがわかった。 その後継者として登場した“マトリックス組織”が、その複雑さから始終生じるトラブルに行き詰まった。 分権化が1950年代、60年代の波であり、マトリックス組織が1970年代の流行であった。
 トヨタ自動車もマトリックス組織を、機能別管理として導入している。
 機能別管理はトヨタで初めて創案された手法であり、先例がなかったため、トヨタではその確立までにかなりの紆余曲折を経た。  1962年4月に初めて機能別管理を運用したときに採用された機能項目は、『経営機能』から9項目、『生産機能』から4項目、合計13項目であった。 これらの機能の運営は、当初は『企画会議』という会議体で管理された。
 1963年3月には、「役員が担当部門の利益代表になりやすい」という第2回全社監査での指摘を受けて、日常の部の運営は役員以外の部長に任せて役員の部門担当制を廃止して『機能会議』を設立し、役員は機能管理に専念するという体制を採用した。 機能も一挙に24項目に増やした。
 その後、機能の数が多すぎて運用が難しいということで機能の数を半減したり入れ替えたりしながら運用したが、最終的には1965年3月に、役員の部門担当制を復活するとともに機能も8項目に絞り込み、機能別分担役員を明確にした。
 ここにようやく、トヨタの機能別管理が確立したのである。その後、機能項目の多少の増減があるが、現在までこの基本形は変わらずに運営されている。
 トヨタは、このように紆余曲折した原因は、『機能』の概念が全社的に統一されていなかったことによると総括した。 そこで、会社として最も必要な機能は『品質保証』と『原価管理』であるとして、これらの機能を果たすために各部門は何をしなければならないか、という各部展開を行なった。(132〜133ページ『トヨタ経営システムの研究』)
 顧客指向の時代になり、生産の軸と顧客の軸でマトリックス組織が再構築された。 マトリックス組織の持つ『1人の社員に2人の上司』という問題は、短期の目標と長期の目標を組合せることによって問題を回避した。 それだけでなく、組織間で発生しやすい葛藤を個人やグループの中に持ち込み、問題解決する仕組みを組織内に組み込んだ。

 トヨタ自動車の開発では、たとえばエンジン開発担当者は、開発するクルマに特化したエンジンを設計すれば、開発プロジェクトは成功するだろう。 しかし、エンジン開発部門では、ある車種に特化したエンジンは開発効率も生産効率も悪くなる。 『開発効率』『生産効率』を重視したうえで、新車開発プロジェクトを成功させなくてはならない。

 IBMの復活をさせた最高経営責任者(CEO)が、著書『巨象も踊る』では官僚組織について下記のように書いている。
 「官僚制度」は今日、ほとんどの組織で悪い意味で使われている。だが実際には官僚組織がなければ動かない。 官僚、つまりスタッフ部門はいくつもの機能を果たしている。さまざまな性格をもつライン組織の間の調整を行う。 会社全体の戦略を策定し実行して、組織内の重複、混乱、衝突を避けられるようにする。 コストがかかりすぎるか、単純に必要な資源が不足しているために部門ごとに抱えるわけにはいかない高度に専門的な機能を果たす。
     (中略)
 IBMで問題だったのは、官僚組織があったことではない。その規模と使われ方である。
 IBMの「ノー」の文化で、そして、各部門が競い合い、情報を隠し合い、他部門による自分の縄張りへの出入りを管理したいと望む複雑な内紛の世界で、歩兵部隊の役割を果たしてきたのがスタッフ部門だ。 部門間の調整を行うのではなく、バリケードを守り、境界線を守っていた。
 たとえば、大人数のスタッフが無限とも思えるほどの時間を費やして、各部門間の振替価格を議論し管理していた。 顧客に製品を切れ目なく提供できるようにすることには関心がなかった。組織のどのレベルにもスタッフ部門が設けられていた。 他部門の人間を信頼してスタッフ機能を任せる幹部はいなかったからだ。 複数部門にわたる問題を議論する会議には大量の人たちが出席した。だれもが出席して自分の縄張りを守る必要があったからだ。
 これらの結果、会社のあらゆるレベルにきわめて強力な官僚組織ができた。何万人ものスタッフが自部門の特権、資源、利益を守ろうと必死になっていた。 そしてそれ以外の何千人ものスタッフが、群集に秩序をもたらし、標準を守らせようと努力していた。
   官僚的というネガティブな評価にもかかわらず、ほとんどの企業が官僚体制を組織のベースとして維持しているのは、官僚組織が記録を残すという面において優れているからである。 トヨタは昭和32年(1957年)頃に、主査制度(マトリックス組織)を導入したが、同時に技術管理部をパックで導入し、マトリックス組織の文書化を担った。 人類の発展は、先人の知恵(知識)をその後の人々が新たな知恵を積み上げてきた歴史によってもたらされた。 企業も同様で、先人の知識を積み上げる文書化の頑健な仕組みを持ってこそ、人に依存しない永続的成長する組織になれるのである。
 文書化は単なる紙やフォームを管理するのでなく、あくまでも知識を管理するものである。 その利点は下記である。  しかし、官僚制度にも欠陥がある。
 しかし漫然と官僚制を維持すると、次のような『官僚制の逆機能』に陥りやすい。
  • 訓練された無能力:以前の状況で適切な行動パターンだったものが、状況変化の後にも持ち越されてしまい、そのまま漫然と継続されてしまう。
  • 職業的精神異常:同じ仕事を繰り返すことにより、人々に特別な好み、嫌悪、識別、強調の癖が発達してしまう。
  • 目的の転移:規則を守ることが手段であったにもかかわらず、それが自己目的に変化してしまう。
(53ページ『トヨタ経営システムの研究』)
 企業は大きくなるとともに複雑さを増す。大会社のほとんどは、本質的な複雑さに対応するため、複雑なシステムと組織を考え出す。 戦略の複雑性は環境の複雑さを反映している。 その結果、スタッフを増やしてその複雑さと取り組もうとするのだが、ここから誤りが始まる。 複雑さに対するこの種の間違った対応について、よく引き合いに出される典型例をあげるとしたら、それはマトリックス組織であった。

 自動車会社に典型的にみられる職能別組織では、組織に内向きの力が働いており、機能と機能の間に隙間ができている。 このような隙間を埋める組織として、機能別組織、プロジェクトチームや委員会などが設けられている。 組織はいつも効率的に、シンプルにする力を必要としている。 具体的には、多機能化した分権化組織の重複した機能を、最もふさわしいところに集約させることである。


トヨタ自動車と本田技研の改革について 


 トヨタ自動車と本田技研の組織は全く異なる特性を持った組織であるにも関わらず、この不況下において活況を呈している。 トヨタ自動車と本田技研はともに創造・革新といった面で同じような考え方を持っている。

 創造とか改革できる人材は、問題を顕在化して改善を繰り返す中で育っていく。 リーダーシップ論 の中で書いた『状況に呼応するリーダーシップの理論(SL理論)』に応じていると考えられる。
 『日経ビジネス』(2000年4月10日号)は「トヨタはどこまで強いか−日本的経営 最後の砦」という特集を組み、知られざるトヨタ流経営哲学に迫っている。 この記事によると、あるトヨタ生産方式の指導者が「トヨタ生産方式の強みは何か。初級者は、在庫が少ないことだと答える。 中級者になると、問題を顕在化させ、生産性向上、品質向上を強制するメカニズムが含まれていることだと言う。 問題を顕在化して作業を繰り返すうちに、問題がない状況が不安になって、なんなで一生懸命問題を探し始めることだ」と語ったと言う。(32ページ『トヨタ式最強の経営』)
 マチュリティ(成熟度)の最も低い高指示低協労では、初級者の状況である。 次の高指示高協労では、上記の相反する目標によって改善を行う中級者である。 その上の低指示高協労、低指示高協労のマチュリティの高い段階の上級者になって、創造とか改革ができるようになる。 トヨタ自動車の言う『常識はずれの改善活動』である。 今までの改善の方法では、高い目標は達成できず、過去を捨てて、新しい考えを求めるようになる。 本田技研ではこれを『共創』という。『皆んなで創造活動を行う』のではなく、『お互いに影響し合って各々に変化する』ことである。 『共創』には、それにふさわしい場が必要であるという。

本田技研の『共創』の場


トップガン
興味、熱中、危機感
好奇心、自律心、モラル
自己実現、利己、他利
変人
興味、熱中、危機感


専門化の洞察
広い体験、直観、洞察
科学知識、理論、身体技術
学問論、歴史、哲学
神様
体験、直観、洞察


場のマネジメント
目的、理念の共有、人生経験
信頼感、のせる、騙す、心理
創造の原理、倫理
たぬき
信頼感、のせる、騙す


科学の体系
科学知識、理論、効果効率
科学的管理、QC、 TQM
現場体験、身体技術
月ロケット
論理、知識、効率

個人









組織
心理(志)                          論理(科学)

(78ページ『共創のマネジメント』)

トヨタ自動車の場合



こだわり集団




言い出し屋




説得屋




ヒラメキエンジニア


個人









組織
心理(志)                          論理(科学)

(『トヨタ式最強の経営』から作成)

 トヨタ自動車の場合では、変革を主導するのが「言い出し屋」である。 「半歩先」を感じさせるテーマを見つけ、みんなが気になっいてるテーマについて提案する。

 ヒラメキエンジニアは、「言い出し屋」が出したテーマを、常識はずれだがなんとかなりそうな課題(コンセプト)にまで落とし込んで提示する。
 改善案の出し方には2つある。 1つは、現状の「知識・技能」をベースに考え、「問題点をつぶす」改善活動で少しずつよくする帰納法である。 もう1つは、最初から高い目標を揚げて、発想を変えて知恵を出すことで目標に限りなく近づく演繹法である。(47ページ『トヨタ式最強の経営』)
 演繹法によるコンセプト展開型でアイデアを出せるエンジニアは少ないが、演繹法でないと改革はできない。

 アイデアの可能性を確認するためには「トライ」活動が要求される。そのトライを繰り返して「気づいた知恵」をベースに最終的な改善案がまとまる。 現実にはこの「トライ」という活動が簡単には進まない。 言い出し屋とヒラメキエンジニアがいくらすばらしいアイデアをまとめ上げても、トライで協力してくれる仲間がいなければ、この改善活動は終わってしまう。

 このようにトライで確認できた新方式でも、実際に各現場に導入しようとすればさまざまな問題が出てくる。 新しい作業手順に変えさせられる作業者は、ものすごい拒絶反応を示すケースが生じる。 こうした導入に際して生じる問題には、とにかく根気よく説明し納得してもらう以外に方法がない。 最後に根負けして、相手が「わかった。協力するよ」と言うまで、繰り返し説得する。

 本田技研の例でも、トヨタ自動車の例でも、改革を行っていく組織には上記の4つの要素が必要となる。
 本田技研の例では、創造的な場を作り出すにはまず、先の構造の「たぬき」「変人」の部分が活性化しなくてはならない。 我々は「月ロケット」つまり「科学の体系」についてはけっこう準備が整っている。つまり、心理(志)が重要である。
 創造的な場を作るには、『自他非分離な発想』『創造的な葛藤』『自己否定のためのホンネの議論』が必要である。 そのための原則は、『目的の共有』『平等』『異質の許容』である。

 トヨタ自動車はトップダウンの管理型経営を行っていると言われている。 言い方を変えれば、『言い出し屋』から高い目標が出て、常識はずれの改善が開始される。 つまり、『言い出し屋』としてカリスマ性を持った指導者が必要になる。
 1990年代半ばに、奥田元会長が行った改革は「まずはやってみよう」というチャレンジング精神を鼓舞した。

 一方、本田技研は、自由闊達な企業風土に管理を導入し、メリハリを与えた。
 社長に就任した川本は、それまでのホンダの伝統である販売、生産、開発の各部門で構成する会議で立案、決定するボトムアップによる四輪車戦略を、役員だけで構成する四輪企画室で決定するトップダウン型の意思決定方式に切り換えた。 川本が四輪本部長に就いたほか、その下の製品本部長には入交昭一郎、営業本部長には宗国旨英が就くなど、社長以下の役員の担当分野も明確にした。 役員が1ヵ所に集まってワイワイガヤガヤと自由に意見を出しながらコンセンサスを作るホンダの伝統的な意思決定のやり方は事実上機能を停止した。
     (中略)
 「なぜ自由闊達な企業風土を持つホンダに、“管理”の経営思想を導入するのだろう」。 こうした疑問を持って当時のホンダの改革を取材した筆者は、日経産業新聞に掲載した連載記事の中で「同じ方法では成長を維持できない。新しい運営方法が必要だ。 “自由”に適度の“管理”を加えることこそが、新時代の経営コンセプトだ」と書いた。 それまで自由放任だったホンダ社員の勤労スタイルはメリハリのある機能型のスタイルに変わった。(22〜23ページ『ホンダのDNA継承術』
 「90年前後に経験した危機感がホンダを強くした。 それまでは成り行きでクルマ作りをしているところがあって、コストマネージメントの基本戦略が弱かった。(136ページ『ホンダのDNA継承術』
 本田技術研究所は、天才本田宗一郎氏亡き後を多くの人で支える目的で設立された。 そういう意味で本田技研は、ボトムアップ経営であった。ここにトヨタ自動車が得意とする“管理”を持ち込んだ。

 逆にトヨタ自動車はトップダウンの管理型経営そのものであった。そこにホンダのようなチャレンジング精神を持ち込んだ。 基本的に、日産自動車のカルロス・ゴーン氏もトヨタ自動車同様のトップダウンで改革を行った。
 トヨタ自動車と日産自動車に共通して言えるのは、カリスマ経営者なき後の対策である。 ホンダは下記の様にしてなしとげた。
 研究所の分離が大勢の本田宗一郎を作る狙いに対し、役員の大部屋制はたくさんの経営のエキスパートを作ることだった。 役員の相互信頼を図り、社業について共通認識を持たせることで、創業者である本田と藤澤がいなくなっても集団で経営ができる。 誰もが担当の枠を離れて気軽に話す気分ができたことで、後で言われる「ワイガヤ」の雰囲気ができた。(70ページ『ホンダのDNA継承術』)
 最近の動向としては、次のとおりです。
 結局のところ、企業を変えるには、リーダーだけが旗振りをするだけでは限度がある。 ミドルを核に従業員を動員する仕組みと仕掛けが不可欠だ。 こうした状況を受け、トヨタ自動車、ソニー、キャノンなどの大手各社は、一斉に将来有望なミドルの育成に重点を置いたハイポ教育の拡充に動いている。(193ページ『ホンダのDNA継承術』)


ライン・スタッフ制


 “宅急便”市場を創ったヤマト運輸の小倉昌男元社長がライン・スタッフ制について語った箇所がある。
 そこで教わったのがライン・スタッフ制である。 セミナーで教わった生産性向上の理論同様、ライン・スタッフ制の組織論もすべてアメリカの、しかも製造業における事例がベースにあった。 日本の、しかもサービス業に属する運送会社の経営には、必ずしも適切でなかったが、それには気づかず、自社に応用したいと思い、いろいろ検討したものである。
 ライン・スタッフ制というのは、製造および販売の基幹部門をライン部門と規定し、総務、人事、経理など、ラインを補完し支援する部門をスタッフ部門とし、機能分化を図るものである。
 わかりやすいのでひところ流行ったようだが、経営力の強化にそれほど役に立ったとは思えなかった。 ライン部門では、生産工場や販売支店など現場組織が主体であり、スタッフ部門は、主として本社の管理機構に属していた。 このため、スタッフ部門は経営管理の中枢という意識を持ち、ややもするとラインに命令する傾向が生ずる結果になることが多かった。
 本来の目的は、製造や販売の第一線部門から間接業務を取り除き、機能を純化して組織の機動的な活動を進めるものだった。 だが、実際には、間接業務を担当するスタッフ部門が頭でっかちになり、ライン部門に対して過剰な報告を求めたり、企業の意思決定に時間がかかる欠点も見られるようになった。 いずれにせよ、製造業を対象とした組織論であった。(262〜3ページ『小倉昌男 経営学』)
 製造業でもライン・スタッフ制の弊害が言われている。スタッフ部門の肥大である。 それもスタッフ部門が、スタッフ部門にふさわしい仕事を行なっているかについて疑問が投げかけられている。 ライン部門が行なうべき仕事を、スタッフ部門(間接部門)が行なっているというのである。 いわゆる分業のし過ぎである。

 分業のし過ぎに対して、一足先に販売部門において対策が打たれた。セールス・フォース・オートメーションである。 販売員個人にコンピュータ端末を持たせて、スタッフ部門が行なっている仕事を、ランイ部門(営業員)が行なうのである。  工場においても、同様の試みが行われている。製品が完成した時、コンピュータ端末から出荷伝票を打ち出す等である。 トヨタ自動車では、ライン部門とスタッフ部門の人事交流等を行ない、スタッフ部門の肥大には注意している。


倫理委員会、コンプライアンス部


 最近、不祥事の起きた会社を中心に倫理委員会やコンプライアンス部を設ける会社があります。 ドラッガー氏は『現代の経営』の中で次のように書いています。
  1. 手続きを倫理的な規範と考える
  2. 手続きを判断の代わりと考える
  3. 報告や手続きを上からの管理の道具として使うこと
 倫理委員会やコンプライアンス部を設ける必要のある会社は、企業風土そのものを変える必要性のある企業と言える。 しかしながら、倫理委員会やコンプライアンス部を設けることによって、悪い企業風土を温存してしまう結果になってしまう。 不祥事を引き起こしてしまった企業は、社長本人のイニシアティブによって企業風土の変革を試みるべきであると考えます。 カルロス・ゴーン氏はどのように日産自動車を改革したかを思い返すと良いでしょう。 それを補う意味ならば、企業監査の強化をすべきだと考えます。

 倫理委員会やコンプライアンス部は自分たちの役目が十分行なわれていることを、偽装することを目的にしてしまうのです。 ところが、企業監査では企業実績に責任を持っているため、企業倫理やコンプライアンスに対して適切に対応できるのです。 企業倫理やコンプライアンスを直接対象にしていると、当然何事もなかったように装うのです。 それのみではなく、企業監査の役目を邪魔をしてしまうのです。 結果として、倫理委員会やコンプライアンス部は、悪い企業風土を温存してしまう結果になります。

 これから倫理委員会やコンプライアンス部を設けようと考えている企業は、絶対に取り止めるべきと考えます。 いままでに倫理委員会やコンプライアンス部を設けて、企業改革ができた企業があるでしょうか。 企業改革は社長のリーターシップに基づいて行なわなくてはなりません。 それを補助するためならば、企業監査を強化させましょう。


参考文献

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生産管理概論, IE(industrialEngineering), トヨタ生産方式, VE/VA, セル生産方式, TOC(制約条件の理論), 品質管理, QCサークルについて, 総合的品質管理(TQM), 統計的品質管理(SQC), ISO9000シリーズについて, ISO14000シリーズについて, シックスシグマ手法について, 自動車の品質問題の変遷について, 設備管理とTPM, レイアウト管理, 生産計画の立て方, 資材手配, 資材手配の実際, 在庫管理, 購買管理, 財務分析, 原価企画, 情報システム, インターネット, 人事管理概論, 人事考査, 人的資源管理, リーダーシップ論, 組織論, ナレッジ・マネージメント, コーチング, 安全管理, Q & A

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