人事システムの優劣が企業業績を左右
1980年代に、アメリカで行われた日本企業の研究では、日本企業の強さは企業文化・風土にあり、社員にビジョンが共有されていることと報告されていました。
企業文化・風土の良さや社員にビジョンが共有していることがリーダーシップを発揮する上で有効に機能し、社員の仕事に対する主体性を高めています。
これによって、高品質と低コストを生み出していると分析しました。
日本企業の企業文化・風土を対象として研究が行われ、次のような本も書かれました。
- 『知識創造企業』 野中郁次郎・竹内弘高著 1996年3月21日(初版は英文で書かれた)
- 『最強組織の法則』 ピーター・M・センゲ著 1995年6月30日
アメリカでは社員への経営ビジョンの共有を強く行ない、企業文化や風土を改良しました。
更に、仕事をやりやすくするために、部下に対する権限委譲のエンパワーメントを行なっています。
かつてはチームプレーは、日本のお家芸と言われていました。
最近では、外国企業の方が企業理念は浸透し、チームプレーがよくできていると言われていました。
しかし今や、欧米企業は日本の良いところを吸収したのに対し、日本の人事システムは欧米流の成果主義をモノマネして荒廃してしまいました。
日本の人事システムは、欧米に比べ15年から20年は遅れていると言われて久しくなっています。
具体的には、経営にどのように参画していくかが明確になっていることです。
ただ単に、組織を安定させることを考えているのみで、経済環境の変化に伴う企業の変革を止めようとしている存在になっています。
1980年頃までの日本の企業経営は、いわゆる欧米企業をキャッチアップしてきていました。
欧米企業のマネをすることが日本企業の戦略となっていた。
横並び経営は、欧米のマネをした日本企業を手本にしてマネしていただけでした。
最終的には、欧米企業のマネを日本企業を迂回して行なっていただけでした。
製品は欧米企業が既に開発していて、それをマネして、少しの改良を加えるだけでした。
それぞれの部門が勝手に欧米企業のマネをしていました。
経営者は、各部門がめいめい勝手に行なっている戦略を調整するだけでよかったのです。
神輿経営という異常な状態が、当たり前と思われていた時代でもありました。
当時は、利益率は今と比べて格段に良い時代であり、右肩上がりの成長もしていました。
日本の人事システムも、その体制に対応したものでありました。
「調整型の管理職」というと聞こえは良いが、実際には社内政治を行なっている存在です。
彼らが仕事を行なうには、権威が必要になります。
地縁・血縁に似た人脈を築き、仕事は権威主義的で管理中心なものです。
しかしながら、1980年代になって日本企業が欧米と並んだ時、権威主義だけでは仕事ができなくなってしまったのです。
自ら経営環境を把握し、経営戦略を立案することが必要になったのです。
日本の多くの企業の人事部門では、新しく必要になった人材を教育し、人材を育成する能力がありません。
人材を教育し、人材を育成することを、人事部門は各事業部門の責任と考えているようなふしがあります。
各事業部門では、人事部門が教育するものと考えています。
事実、仕事の全体の流れは、各事業部門ではわかりません。
かといって、人事部門は社外のコンサルタント会社から買った教材を使って、いわゆる一般的な教育しか行なえないのです。
人事部門は人材開発部とか名称を変更していますが、その仕事内容は自ら考えることを行なわず、単に調整することのみを仕事と考えています。
このような仕事内容ならば、そのままアウトソーシングしてもよい業務と考えられます。
多くの中小企業では、人事部門を設けていません。
人事部門を設ける余裕がないこともありますが、人事部門を設けることによる弊害が大きいことに気づいているからです。
人事部門の人たちが怠け者社員と共謀して、社長に反旗を翻してくる可能性があるからです。
社員教育の方針は社長を中心とした経営の中で決めていっています。
実務を中心とした社員教育を行いたいと考えているようですが、適任者がいないのが現状です。
人事部門本来の仕事は、会社の組織をスパイラルアップのプラス方向に向けるものです。
しかし、製造業では生産設備を持ち、生産を行っているので、無理して利益を上げることはないと、おざなりな気分に陥りやすい面が大きいです。
現在、中国等の新興国からの安価な製品が先進国に入ってきています。
いつまでも同じ製品を生産・販売しているだけでは、企業の存続は望めません。
将来のリスクに対処し、お客様満足のより高い製品を開発し、より高い加工技術で製品を生産する必要があります。
そのために、新たな投資するためには利益は必要である。
しかし、そういう経営の実態を全く理解しようとしなくて、従来どうりの仕事を続けようとしているのが人事部門です。
今まで、人事部門は労働組合と癒着していれば、仕事をしていると勘違いしています。
第二次世界大戦後、GHQ命令によって労働組合法が制定され、労働組合が作られた。
しかしながら、欧米の経営環境を反映し、性悪説で作られた労働組合は、日本の経営風土には合わない鬼子のような存在でした。
そのため、人事部門はこの鬼子の労働組合を無力化することが最重要課題としていた。
初期の労働組合運動は、外部から運動家がやってきて、過激なストライキ等を煽動していました。
そのために、社内労働組合を作って、労働組合を外部から切り離したのです。
以前の日産自動車等、悪い性格を持った労働組合がよく知られています。
これらは労働組合単独の問題ではなく、労働組合を利用して権力を握ろうとする人たちと、権力に追従する人事部門によってもたらされています。
当然ながら、労働組合の執行委員も利益にあずかっています。
その報酬として企業ぐるみ選挙を行ない、地方自治体の議員になることで報酬を受け取っている労働組合幹部もいます。
日本の労使環境は良いと言われるのは、2つのことを意味しています。
最も重要なのが労働者個人との関係です。
愛社精神があり、自発的に働き、工夫する社員の人たちがいることです。
それに、愛社精神のある社員の自主的な働き方に対して妨害をしない労働組合であります。
しかしながら、現在の労働組合は企業の変革を阻止する障碍となっています。
それを行なおうとする社員を、人事部門と労働組合が協力して阻止する構図になっています。
日本の労働組合の問題は、社員全員が組合員になるというユニオンシップによって保護されています。
これは過激な第二、第三の労働組合を作らさないための政策でありました。
そのため、労働組合は組合員に対し、なんら貢献を行なわなくても、組合員から組合費を強制的に徴収でき、国権力によって収入が保障されています。
労働組合の執行委員は、組合員から集めた資金で宴会し、ゴルフに行ったり、自分のキャリアや興味あることにしか行ないません。
組合原則の『参加の自由』を失い、堕落してしまいました。
さらに、自己のキャリアを確保するために、人事部門と取引を行ないます。
労働組合の意に沿わない社員は、人事部門と労働組合が協力し、どのようにでもできました。
そのため、人事部門にとって労働組合は管理強化するための道具のひとつであり、リーダーシップを発揮する知識労働者はあってはならない存在でした。
労働組合と人事部門は、自分たちの利益に固執し、リーダーシップを否定し、知識労働者を排除し、その結果として企業業績が低迷するようになりました。
アメリカの自動車産業にとって最大の障碍は全米自動車労組の存在です。
全米自動車労組は製造業平均の2倍の賃金をとっています。
ビッグ3の破綻や衰退の原因は、全米自動車労組の存在そのものです。
また、韓国では労働組合のストライキが頻発し、自動車会社は海外に生産拠点を移すことを考えています。
ドイツの労使経営協議会は、日本の労働組合が賞賛しているが、実態は労働側委員が海外の企業からワイロを取る等の問題を発生させていることも事実です。
1980年代に日本の製造業が品質とコストで世界を席巻したと勘違いし、日本企業はもはや海外に学ぶものはないと傲慢になりました。
これには間違った日本の産業研究の影響もありました。
その一方で、1980年代に入って、割高なコンビニエンス・ストアーの売上が大きく増える等、消費者の意識に大きな変化が現われた。
それによって、商品開発や販売に必要な試行錯誤による、創造力を発揮できる仕組みを壊していった。
結果、1990年代後半には、勝ち組企業と負け組み企業に二分された。
しかし、勝ち組み企業は、経営力に裏打ちされた(戦略を反映した)良い企業文化・風土や人事システムを持っていた。
トヨタのいいところは、任せるといったら本当に任せてくれるところです。フォローするバックアップ体制がしっかりしているから、経験の浅い若手も安心してチャレンジができる。
やりたいことがあるなら、まず自分が動けばいい。
トヨタは、自分が動いて、周囲に認めてもらえれば、やりたいことをやらせてもらえる会社です。(53ページ『トヨタはいかにして「最強の車」をつくったか』
そのために『ビジョンをはっきり示し、従業員みずからの力でそれを実現させる』ことによって、皆が目いっぱい働き、働ける企業にしなければならない。
消費者の嗜好の変化を素早く捉え、製品化できるのは、社員に企業を良くしていこうとい自主性があるからである。
『こと競争という点に限るなら、ある企業と別の企業の間に大きな較差を生じさせる本当の原因は、人材を効率的に活用しているかどうかです』(『シンプリシティ』,P175)
企業戦略と人事管理は密接に結びついているものである。
1990年代半ば頃から、勝ち組み企業と負け組み企業に二分されたのは人事管理の差であり、知識労働者を有効に使う企業戦略が構築できたかどうかが業績に反映されたからである。
企業には誕生、成長、成熟、衰退のライフ・サイクルがある。
企業にはいつも官僚化傾向があり、変化を望まない風土、成功体験に固執する風土、しがらみを断ち切れない風土、革新は口だけの風土になってしまう。
人事制度は企業に安定をもたらすものであり、現在では行き過ぎた安定が組織の肥大化と官僚化を招いた。
企業が肥大化と官僚化を防ぎ、ゴーイング・コンサーンとして生き続けるためには、経営陣による限界に挑戦するストレッチ経営が必要で、更に経営のスピードを上げなくてはならない。
経営革新(イノベーション)を続け、それに伴って組織を柔軟に変化させていかなければならない。
例えば、トヨタ自動車は1990年代に奥田元社長によって、新しい挑戦するように促された。
『変化を好まない風土』は、@近代化を遅らせ、A高コスト体質を作り出してしまう。
官僚組織は権限と責任が明確な組織で、確実に仕事を行なうために、仕事のやり方を固定し、変化を嫌う。
そのため、成果を上げ、効率を追求に向いている組織ではない。
多くの日本企業では、製品開発、財務、販売及びマーケッティング、製造といった機能別の組織を作っている。
だが、機能別組織としてはあまりにも大きく複雑に成長してしまい、企業全体としての動きが見えなくなり、統合されたチームとして動くのがますます難しくなっていった。
お互いに暗黙の不可侵条約を結び、各機能部門が牽制しあい、ゆるやかに結びついた縄張り争いをする集合になってしまった。
自分を人事査定権を持つ者の期待には応えようとする追従が主となり、成果を上げるために努力しないサラリーマン会社になってしまった。
自己目的化した機能別組織は、別々の言葉、ストーリー、業務手順、パラダイムを持った別々の宇宙(世界)を作っていく。
良い例が、成果主義人事制度である。
人事部門が自分達の成果とするために、アメリカ型の成果主義人事制度を導入した。
そもそもアメリカ型の成果主義は、リーダーシップの発揮を前提として導入されている。
ところが、日本では人事部門主導で管理を目的として、リーダーシップを否定している。
その結果、権威的な組織構造をそのまま維持しながら、成果主義人事制度を導入したため、追従の組織構造を強化するのみに終わってしまった。
上司は支配者としてのパワーを使い、部下はスポンサーシップの考えによって忠誠心と引き換えにパワーをもらっていた。
成果を上げることよりも『和を持って尊し』や『根回し』を重視せざるを得なくなり、社内ルールや力関係に関心が行き過ぎた。
人事部門は、TQC、目標管理、成果主義人事制度と3度同じ過ちを犯した。
富士通が1993年、管理職に対して成果主義に基づいた人事・賃金制度を導入して以来、多くの日本企業は、従来の年功型賃金制度の改革に着手し、成果重視の賃金制度に移行した。
しかし、富士通が2001年4月、成果主義を一部見直し、プロセス重視の制度に改定したことからもわかるように、目標達成度だけで処遇を決定する方法の導入は、不成功に終わったといわざるを得ない。
富士通は年二回、上司と部下が面談し、半期の業務目標を設定して、その目標を達成した社員を高く評価して、昇給や昇給を行なった。
ところが、目標達成主義が蔓延し、達成しやすい低い目標を設定する傾向がみられたり、目標そのものが短期志向に陥り、長期の目標が立てられなくなるといった弊害が出てきた。
また、自分の目標達成を優先するあまり、ノルマ主義にすり替わったり、チームワークを乱す風潮も出てきた。(54〜55ページ『トヨタはいかにして「最強の社員」をつくったか』)
組織を活性化し、イノベーションの出来る人材育成をするには、個人の教育から始めるのが一番良い方法であろう。
組織を改革するためには、新しい知識が必要となる。新しい知識を習得しようという気のない人たちに企業改革ができるはずがない。
知識がなければ知恵はでない。学習する個人が、学習する個人を生み、知恵を生み出し、企業が改革できる。さらに、うまくゆけば組織自体に学習する力がつき、企業能力が向上する。
そのためには、まず『企業文化を変えなくてはならない』が必要である。
企業文化を変える戦略は、『ヒューマン・リソースを開発する仕組みを抜本的に変える』ことである。
自社の特性の中で、人事管理の下記の2つが密接に結びついている必要がある。
- より公正な評価制度(能力評価制度)
- OJT、OffJT、SD(自己啓発)やローテーションを含んだキャリア育成(人事労務制度)
日本企業の品質が良いのは、品質検査が優れているからではなく、製品を作る工程が優れているからである。
現在の日本企業の成果主義人事制度は、品質検査と同じで、検査しやすい方法で、検査できる項目のみを評価している。
そのため、成果を上げるために欠かせない工程そのものを弱体化させている。
品質が悪い企業は、品質検査を厳しくすると企業経営が成り立たなくなるので、標準化されている検査基準が運用で変えられている。
同様のことが成果主義人事制度でも行われている。
自動車業界でトヨタが強いのは、PDCAの改善が全社的に行き渡っているからと考えられる。
トヨタ生産方式では、例えば、在庫を減らすことによって、問題を顕在化し、変化を自ら作り出し、保守化と立ち向かっている。
また、トヨタ自動車は『知恵を出す場をつくり出す』ことに腐心している。
トヨタ自動車ではラインで問題が発生したら、ラインを止めて問題解決をしなくてはならない。
短期的な目標としてラインを止めなくてはならないが、長期的にはラインを止めなくてもよいラインを構築しなければならない。
このように短期の目標と、長期の目標が相反する目標がランイ管理・監督者に課されている。
このような葛藤をグループや個人が負うことによって、短期の目標と長期の目標がトレードオフの関係にならず、第三の道を探らざるを得なくなる。
これがトヨタ自動車の人づくりの神髄であり、トヨタ自動車の強さの秘密でもある。
つまり、勝ち組み企業と負け組み企業の差は、『知恵を出す場をつくり出す』能力の差であり、育成された人の能力の差である。
トヨタ自動車の強さを資金力の強さと言う人がいる。トヨタ自動車には2兆円とか3兆円の余剰資金があると言われている。
しかし、それらの余剰資金は強さの結果であり、強さのひとつの要素にはなっても、強さそのものでないと考える。
トヨタ自動車は戦後、資金不足で倒産しかかり、余剰資金ができたのは高度成長期におけるモータリゼーションによってである。
相反する目標が与えられたため、ライン管理・監督者は源流管理としての品質管理を行わざるを得なくなる。
一方、ライン管理・監督者の上司は、『「自ら考える」ことの大切さ、人間の知恵は無限だ、その可能性を信じる』ことが必要になる。
相反する目標を異なる別々のグループに与えれば、グループの間での摩擦が起こる。
しかし、トヨタ自動車の例のように、相反する目標を同じグループに与えれば、グループ間の摩擦は起こらない。
その時の秘訣が短期目標と、より全社的で長期の目標として課すことである。
トヨタ自動車では開発部門、生産部門と販売部門の摩擦を軽減・解消するために、上流の開発部門が全責任を負うというフロントローディングを行っている。
また、最近クロス・ファンクショナル組織としてマトリックス組織を導入している日産自動車等は、トヨタ自動車同様に短期目標と長期目標を組合せている。
部門の壁、消費者との壁を破壊して情報が共有しなければ、結果と成果の因果関係がわからなくなり、両方の目標を達成することができない。
2つの相反する目標という葛藤に対処するには、企業にはコンプライアンスが必要となる。
人は弱い存在であり、ついつい葛藤から逃れることを考えてしまう。
意志判断を先送りし、身勝手を押し通し、誰も責任を持たないという状態に陥ってしまっている。
2つの相反する目標という葛藤を昇華し成果を上げるためには、“事実に基づいて議論する風土”や“正しい情報が伝わる”等が必要である。
情報が権力の源になることから、情報を隠したり、情報を管理しようとする個人や組織がある。
このような活動も、社員の自律性を阻害する要因になっている。
顧客指向の新しい時代には、社員ひとりひとりの創造性と革新性が重要視される。
環境変化を自らの手と足と頭で感じ、自らが考え、自らが行動できる社員がいなければ、真の意味で企業競争に勝ち残っていくことはできない。
現代で最も重要視されるべきは、人々の価値観の変化に伴う消費者機会の確保である。
消費者の多種多様な価値観に敏速に対応するために、多種多様な価値観と能力を持った社員が必要になっている。
現在では、高度な知識を持った開発部門等を中心とした高度な知識を持つ人達を中心にした人材管理システムが必要になった。
顧客指向の現在においては知的資産によって企業業績が大きく左右されるようになった。
ホンダには下記のようなグローバル・ブランド・スローガンがある。
The Power of Dreams(夢の力)
自由で、いくらでも伸びられるのがホンダのあり方。
したがって、原則を守ってくれさえすれば、何にチャレンジしてもいい。夢は自分でつくるんだよ。
自分で未来を築いていくからこそ、ホンダというのはすばらしい。そこにプライドがある。
ホンダは性善説であり人は本来信頼できるもので、1人ひとりの仕事の領域はラフである。
決められた枠内で仕事をするのではなく、自由に主体的に仕事をすることで1人ひとりのアイデアが生かされる。
それにより得られるリターンはよほど大きなものになる。
ホンダフィロソフィーというのは、いわゆる物事を達成するための枠組み、基準だと思う。
では何を達成するのかというと、本田さんのメッセージによると、皆さんの最大の幸せをホンダの中から引き出してください。
幸せになるためにホンダを使ってほしい、そのためにホンダはある。
「自分のために働け」と簡単なことを言っているが、それだけの夢や希望を追い求められる企業であってもらいたい。
これがホンダの企業体として集まっている本来の意義。皆さんに自分の夢を一番に置いてもらいたい。何をするにも一番。
ブラジルで皆さん方は、一番はいっぱいある。皆さんが一番を勝ち取った結果、得られるものはなんなあなた方のもの。
それによって皆さんは心の満足を得、もちろんモラールも上がる。
そして皆さんの人生も満たされる。自分の幸せのために働いてください。
今はとてもじゃない高いターゲットでも、いつか一番、いずれ一番、そのために努力する。
それによって最大の幸せを求めていく。絶えずチャレンジを繰り返すことがフィロソフィーの本質。(99−100ページ)
ホンダの場合、マズローのマズローの欲求5段階説の中の一番上にある自己実現の欲求に基づいているが、最下層の生理的欲求としての金銭欲求の概念でしか捉えられない。
トヨタ自動車でも同様に、ドライブ ユアー ドリームスも同様の意図で制定されたものと考えられる。
松下電器の中村邦夫社長も下記のように書いている。
私は、常々、人が人を管理する時代は終わったと言っている。
また、人が最も生き生きわくわくと仕事ができるのは、権限を委譲され、PDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルを自ら回せる時である。
こうした思いから、お客様との距離を可能な限り縮めるため、2001年度から「部課制」を廃止したり、極力組織階層を少なくした「フラット&ウェブ型組織」に変えたりしてきた。
今後もフラット型組織を徹底して構築していく。
松下は製造業だが、本当にモノをつくっている製造ラインに従事しているのは全従業員の30%を切っている。
そして約40%が技術者で、モノをつくるよりもそういう人が増えている。
これは、かねてからピーター・F・ドラッガー教授が指摘してきた、知識社会が実際に進行していることを示すものだ。
つまり知識労働者が増えている。彼らは、自分にしかない固有のスキルを年齢や入社歴に関係なく持っている。
彼らの持つスキルもそのままなら陳腐化するが、固有のスキルを基本とした仕事が増えていくことは確実であり、ますます管理することが難しい時代になっていく。
せっかくのスキルを陳腐化させないためにも会社としても教育でサポートすることも必要だ。
もちろん、個人が自覚して学習する習慣を持ち続け、自らのスキップアップを図ることが大前提ではある。
現在、企業はおろか官公庁でもコスト削減のために派遣社員、パート、アルバイトの活用は増加している。
現在は、コア人材とフロー人材という2本立てで行うのが一般的です。
コア人材とは企業にとって中核業務を担う絶対に必要に人材で、フロー人材とは周辺業務を担う派遣社員、パート、アルバイト等です。
コア人材とフロー人材を組み合わせて、事業展開の中でどう組み合わせていくかは、人事制度の問題ではなく、事業構造自体の問題と考えます。
1990年代(特に後半)におけるわが国製造業において、生産現場における工程請負と呼ばれるかたちでの社外工の比率が急速に増大しつつある。
しかも、この種の社外工の多くは普段の比較的単調な作業だけを担当し、変化や異常への対応=問題解決は専ら少数の知的熟練社員に任せられる傾向が強い。
中略
DVDメーカーの内10名からなる生産現場において、担当作業者中の9名は比較的単純な作業のみを担当する日系ブラジル人社外工で、残りの1名だけが変化や異常に対処する役割を果たす問題解決型熟練であった。(254ページ『イノベーション・マネジメント入門』)
革新的な社風は、単に『ガンバレ、ガンバレ』から生まれたのではなく、それを支えるマネジメント・システムが存在した。
また、プレス職場での知的熟練者の育成の例を引用しておく。
この職場での普段の作業は、大きくは、新日鉄などから納入された鋼板の切断、切断された鋼板のプレス成形、プレス成形品の品質チェック、プレス製品ごとの金型交換の4つに分けられる。
そして、製品に不具合の発生しない限り、全体がかなり単純な作業に見える。
ところが、このような正常な流れは、製品の不具合の発生によりたびたび中断される。
この種の熟練にとって特に高度な作業は、ノックアウトピンやクッションピンと呼ばれる上下の金型にかかる圧力緩衝装置内の空気圧調整(“クッション圧調整”)による不具合の解消である。
中略
このような高度な問題解決型熟練を獲得する方法は、コイル鋼板、金型、プレス機械・整備に関するすべての職場を経験することである。
中略
加えて、このような職場経験をする中で優秀と認められると、新製品立ち上げチームのメンバー(=トライメンバー)として抜擢される。
このチームには、現場の作業者に加えて、金型保全、生産技術者ならびに金型設計者の精鋭たちが含まれる。
そのため、普段の作業の中ではなかなか学べない上記3要素に関する事柄を効率的かつ総合的に学ぶことができる。
また、新製品の立ち上げ期には、量産時には経験しないような数多くの製品不具合に遭遇することができる。
そのため、多くのトライメンバーは、一回りも二回りも大きくなって職場に帰ってくることが少なくない』(263〜264ページ『イノベーション・マネジメント入門』)
新しい価値を創出するのは、集団ではなく常に個人であったことを再認識すべきであろう。
企業が成長・発展していくためには、異質で多様な知を統合し、1つの価値にまとめあげる構想力が必要である。
知識創造企業として個人のアイデアや知恵を発展させ、イノベーションとして昇華させて、企業業績向上に結びつく。
全体(hol)と個(on)を組み合わせたホロンに由来するホロニック・マネジメントは、個が独自に機能しながら組織全体とも調和し、組織と個の両方の行動がうまく生きる経営のことである。
新しい人事システムでは、個人にとって企業における仕事は大きく分けて2つの面がある。
- 自分の職制という場所において、顧客に対しどのような貢献できるか。
- 職制を超えて、どのようにすれば会社をよくできるか。
これは前述した相反する短期の目標と、長期の目標の例と一致する。
日本企業は短期の目標に焦点を合わせすぎているため、各部門の利益が優先されやすい体質を持っている。
日本の製造業は研究開発型の企業になることを望んでいる。生産部門はスリム化し、研究開発部門を強化しようとしても、生産部門から大きな抵抗を受けて実現できていない。
夢があるから会社は良くなる。
トヨタ自動車の例では、仕事が人を育て、人が仕事を拓く。
仕事の場は、個人の人格形成にとって重要な場所になっている。
知識というものは全て個人に宿る。この個人の知識を発展させ、現実化させていくのが組織の力である。
本来職制というのは、職制にいる社員のアイデア、知恵を発展させる苗床としての機能を持つ。
間違えてはならないことは、職制を通して顧客に対して貢献し、結果として企業は利益を上げることができる。
現在政府の行っているマクロの経済対策は、時間稼ぎのつなぎの経済対策でしかない。
現在、日本の失業率は高い水準にある。だが必要とする人材を採用することも難しくなっている。
日本経済が回復するには、まずは企業は戦略を重視した経営に転換し、素早い決断で大胆に行動しなくてはならない。
社員はアントレプレナーとしての能力を身に付けなければならない。
付き合い残業と言う言葉があります。
上司や同僚の仕事に付き合うことではなく、単に上司や同僚と同じ時刻まで職場に残ろうとすることです。
背景には、残業時間を確保するためのものです。
付き合い残業の習慣のある人たちは、ある時刻まで残るということをまず最初に決めて、その時間の範囲内で仕事を行なうように配分しています。
その分、昼間に空き時間ができます。
その時間は、上司や同僚と付き合い残業の習慣を確認するかのように、長い雑談の時間を過ごしています。
仕事内容の話はほとんどしません。
特に、人事面の話を重視しています。
早く帰宅して自己研鑽などは考えようとしません。
そのように1人抜け駆けして自己研鑽する人を出さないように目配りをしています。
他部門には、仕事が大変だから残業しているように装います。
付き合い残業する人たちにとって残業代が全てであり、自分たちが本当は残業しなくても良い状態であることが知れ渡ることを最も心配します。
そのような中に、仕事を効率よくやろうとする人がいれば、排除するのです。
そのような人たちを守るのが労働組合です。
現在は、大企業には派遣社員、期間社員、アルバイトといった多様な形態で働いている人たちがいる。
そのような中で労働組合法の全社員を労働組合員とするユニオンシップは、既に時代に合わなくなっている。
企業ぐるみ選挙という違法活動を平然と行なっている労働組合と人事部を浄化するためには、ユニオンシップそのものを廃止すべきだと考える。
労働組合にもそのまま会社の主従関係はあり、下請け企業の労働組合を隷属させている。
組合員は正社員のみで、派遣社員や期間社員などには冷たい。
人権無視と違法活動の上に成り立つ連合が、日本の政治的な影響力を持つのは不幸な状況である。
労働組合と連合を浄化させるには、ユニオンシップの廃止が必要と訴えます。
労務管理の歴史的発達状況
欧米の人事管理の歴史的発達状況は、我が国の人事管理の特徴を理解する上で参考になる。
日本企業の人事管理の未熟さや非合理性は、人事管理の歴史を反映したものであり、下記の4段階が混在していることに起因する。
- 19世紀半ばまでの「専制的人事管理」
- 19世紀半ば以降1920年ころまでは「親権的人事管理」
- 1920〜40年代からは「近代人事管理」
- 第二次世界大戦後ことに1950年から現代までが「現代人事管理」
(1) 専制的人事管理
専制的人事管理は、ヨーロッパでは17〜18世紀から産業革命を経た19世紀の中頃まで、だんだんと数10名から数100名におよぶ工場・鉱山が発達した。
当時はまだ農民や都市下層民などの労働力が過剰だったことと、労働組合も一部の技能工による技能工組合(Craft Union)を除いて、ほとんどなかった。
そのため一部の男子技能工を除いては、労働条件もほとんど雇い主が一方的に決めていた。
とはいっても常時多数の労働者を雇用しておくために、素朴ながら就業規則や多少の仕事の指導や賃金支払制度の考案などは行われている。
しかし、その方法はきわめて経験的で・常識的なものであり、また労働条件は一方的に、つまり専制的に決定され、低賃金と14時間以上にもおよぶ過長労働時間が押し付けられ、監督の方法も時には暴力をふるうなどの、いわゆるムチと飢餓による管理が行われていた。
したがって、このような管理は、まったく非科学的、非人道的、非計画的なものであって、管理というよりも“人事・労務処理”とでもいうべきものであった。
一般的には、『ヒト』は『キカイ』の代替物であった。文句を言わない忠実なレベルの高い『キカイ』であれば良かった。
経営者側は教育ではなく技術を学ぶ『キカイ』であれば良かった。
(2) 親権的人事管理
親権的人事管理は我が国では、温情主義的人事管理と呼ばれている。
当時、最先進国であったイギリスでは、1830年代にチャーチズム運動(普通選挙権要求の大衆運動で、新興ブルジョアジーが労働者と一緒になって貴族・地主と闘った運動)が大きく展開されたのを背景に、労働者階級の地位も若干向上したことと、長い間の婦人・年少者の酷使のために労働力源が枯渇し始めたことなどが原因となって、政府も労働者保護の工場法を制定(1833年に12時間制、1847年に10時間制)するようになった。
また、19世紀後半から重工業革命によって男子労働者が増大した結果、熟練工の労働組合(Trade Union)も組織されるようになったため、ここに従来の専制的労務管理もある程度の変化を起こさざるをえなくなった。
これが親権主義的(paternalism)的労務管理です。ロバート・オーエンが活躍した時代でもある。
一般的には、企業=忠誠、企業=家という発想から企業に対する献身こそ社会への献身であるという教育が重要しされた。
『閥』『ファミリー』への求心性の存在が社会的背景にあった。
単なる技能、技能訓練だけでなく『人間教育』もその求心性の醸成から不可欠なものとなった。
(3) 近代的人事管理
近代的人事管理は1914年から4年間続いた第一次世界大戦は、全世界にわたって社会的にも、経済的にも、文化的にも大きな変化を生んだ。
労務管理についても従来の前近代的な管理以前の状態から、ついに近代人事・労務管理というにふさわしいものに発展させた。
それは主として、第一次世界大戦による著しい労働不足から、労働能率の増進方法を科学的に研究し、実施せざるをえなくなったこと。
第二に、戦争は労働者の協力なしには遂行が不可能であるから、既に労働組合がかなり発達していた欧米では、“労働者階級の社会的地位の向上”をはかり、“産業に民主主義を導入”することによって、その協力を得たり、また、労使休戦に努めたりせざるをえなかったこと。
第3には、テーラーにより創設された科学的管理の理念が、戦時の計画的生産の必要を機として欧米に普及し、ここに管理という考え方が確立したことです。
すなわち、労働者や労働組合を雇い主と対等な人格あるいは相手として認め、十分に話し合うということは、産業民主主義の理念です。
また労働能率を単にムチやアメ(専制と温情)によって向上させるのではなく、できるだけ科学的方法をとるということが科学的合理主義です。
この2つの理念“民主主義”と“合理主義”こそは近代的労務管理の代表的理念である。
一般的には、科学的合理主義に基づいた品質向上、コストダウンなどの技術教育が教育としてメインとなった。
大量生産の生産指向の時代に望まれた社員像は、とにかく画一化、均質的であり、結果として企業に対する愚直な忠誠心が真から望まれた。
いわば、専制的時代と親権主義的時代に求められた社員像の合体に近いものであった。
(4) 現代的人事管理
現代的人事管理は、第二次世界大戦後に、近代人事管理を基礎としながら、かなり大きな質的発展を生んだ。
最大の要因は、1950年頃以降より技術革新と消費の拡大といった新しい事態である。
“科学的合理主義”“企業内の民主化”“労働意欲管理の重視”という特徴を持っている。
(5) 我が国の人事管理の特徴
我が国の人事管理は、良かれ悪しかれ専制的人事管理・親権的(温情主義的)人事管理の影響を持っていることである。
戦前の賃金制度は労働者の定着化が優先された年功型賃金であった。
戦前の専制的人事管理・親権的(温情主義的)人事管理に、戦後GHQによる外からの「民主改革」によって労働組合制度やTWI等の教育制度が導入された。
つまり、専制的人事管理と親権的人事管理の上に近代的人事管理制度を取り入れた。
戦後、日本の経済復興は朝鮮動乱による特需を契機として、テイクオフしたことは誰しも認める事実である。
しかし、戦後は貧困のどん底からの復興であったため、賃金原資も少なかった。
頻発した労働争議により、制御不能であった賃金原資を制御可能にすることが、人事部門の最大の課題であった。
『電産型賃金体系』と呼ばれ、生活の安定を最優先させた生活給が中心となった賃金体系を確立した。
単なる年功が、年功という大きな枠の中で潜在的な能力となり、職能給制度に衣更えし、非常に長きにわたって、つい最近まで継承され続けてきた。
当時は欧米にキャッチアップすることが最優先され、儲けの構造が比較的安定していた。
それに必要とされた人材は、決められたことを決められたとおりに行なう人材であればよかった。
その結果「日本的経営の三種の神器」とも呼ばれている“終身雇用”“年功序列”“企業内労働組合(企業別労働組合)”と、広範な福利厚生施設及び費用の日本的労務慣行が成立したと考えられる。
労働組合は、現在のような人事部門と密接な関係を持つ企業内労働組合となった。
社員は日本的労務慣行の中で囲い込みが行われた。
日本の年功序列賃金は、“脱年功”に向かい潜在的な能力主義から顕在的な能力主義に移行している。
典型的な例は、生産職場で見られる。
本人が身に付けた技能や知識を多能工育成計画表等の名称で呼ばれるもので客観的に評価し、それによって昇進・昇給を決める企業が一般的になっている。
更には、新たな技能や知識を身につける機会、教育を受ける機会もこれによって決められている。
トヨタ車体では、技能系社員を対象に『技能修得検定』を導入し、研修終了を昇格条件とすると発表した。
昇格を望む社員はそのレベルに応じた研修を受け、終了することが必要条件となる。
トヨタ生産方式、工程管理、設備保全などについて社独自の研修カリキュラムを設定、終えた後のペーパーテストと、職場に戻って技能が実践されているかによって、技能取得を認定する。
参考文献
- 『トヨタはいかにして「最強の社員」をつくったか』 片山 修著 2002年4月20日 祥伝社
- 『何が、日産自動車を変えたのか』 柴田昌治著 PHP研究所 1988年12月26日
- 『なぜ会社は変われないのか』(危機突破の企業風土改革) 柴田昌治著 日本経済新聞社
- 『ここから会社は変わり始めた』 柴田昌治著 日本経済新聞社
- 『なんとか会社を変えてやろう』 柴田昌治著 日本経済新聞社 1999年5月26日
- 『人を活かす組織が勝つ』 吉田寿著 日本経済新聞社
- 『コンサルティング・マインド』 野口吉昭著 PHP文庫 1999年7月15日
- 『能力主義と企業社会』 熊沢誠著 岩波新書(486) 1997年2月20日
- 『ホンダ流 人づくりの神髄』 大川 滋著 評言社 2001年4月20日
- 『トヨタ式 最強の経営』 柴田昌治・金田秀治著 2001年6月25日
- 『シンプリシティ』 ビル・ジェンセン著 日経ビジネス人文庫 2000年11月7日
- 『イノベーション・マネジメント入門』 一橋大学イノベーション研究センター編 2001年12月21日
- 『もの造りの技能』(自動車産業の職場で) 小池和夫、中馬宏之、太田聰一著 2001年1月29日