ダイムラー・クライスラー社という世界規模でフルライン乗用車メーカーが誕生した以上、これと競争していくためには、競合他社も同規模の企業でなくてはならない。
そのために400万台クラブを形成してしまったのである。
この合併は、量産効果ではなく、シナジー効果を狙ったものと言われている。
短期的には、購入部品の共通化を行い、大量発注を行うことによって、部品単価の引き下げを狙ったものであった。
この世界的な業界再編成に俊敏に対応したのが、トヨタ自動車だった。
俊敏なだけでなく、適切な判断をしていた。
業界再編成の本質は、ヨーロッパ市場の環境重視にあると見抜いていた。
そのため、小型車を開発・販売しているダイハツを守り、エンジン部品を生産している部品会社への出資率を増やした。
トヨタ自動車は1998年8月にダイハツ工業の持ち株比率を上げ子会社化し、日野自動車も2000年3月に持株比率を上げて実質的な支配権を握った。
そのほかデンソー等の関連会社に副社長等の役員を派遣し、連帯を強めている。
従来からエンジン開発・供給で密接な関係にあったヤマハモーターと資本提携を決め、F1のエンジンの共同開発等を行う予定である。
1999年12月に、富士重工とGMが提携した。GMが富士重工の株式の20%を第三者増資によって取得した。
富士重工が得意な4WD技術を提供し、GMが燃料電池の技術を提供するという。
富士重工は受け取った1400億円で、GM向けのクルマの開発を行うという。
また、富士重工はGMと提携しているスズキとも100億円程度の株式の持合いを行い、業務提携を行う予定と言われていた。
最近ではイタリアのフィアットと株の持合いを含む提携を行い、GMのヨーロッパにおける小型車の開発拠点とする予定である。
GMは更にフィアット社の買収優先権も手に入れていた。
三菱自動車では、乗用車部門とトラック部門を分社化して、子会社のトラック会社とボルボ社が提携する方法を選んだ。
1999年10月に三菱自動車は、トラック部門でボルボと資本提携し5%の出資を受けたが、後にこの提携を解消した。
ボルボは自動車部門を既にフォードに売却しており、トラックのみの自動車会社になっていた。
資金捻出のための部門・子会社の売却は、本業に専念して、核となる事業を築くために行われます。
地域と 車種を限定したOEMの提携には、次のような例があります。
日本でいすゞがマツダに、小型トラックのエルフをタイタンとしてOEM供給しています。
日産自動車はADバンをマツダにファミリアバンとして、富士重工にレオーネバンとして、三菱自動車にランサーバンとしてOEM供給しています。
スズキはワゴンRやエブリィー等の軽自動車を、マツダのオートザム店にOEM供給しています。
スズキはかつてマツダのディーゼルエンジンの供給を受けていました。
その後、プジョー、ルノー、フィアットからディーゼルエンジンの供給を受けています。
大型トラックの分野でもM&Aが進んでいる。欧米では車両重量40トン程度の大型トラックが主流である。
しかし、日本では車両総重量は25トンまてでで、アジア諸国も道路インフラの整備が進んでいないため、日本と同じクラスのトラックが多い。
大型トラックメーカーは生産・販売活動を、ある地域に限定したローカル企業が多い。
しかし、もともと市場規模が大きくないため、安全・環境技術に対する投資負担が大きくのしかかってくる。
乗用車部門と同様に、フルライン化、グローバル化が必要になったものと考えられる。
GMは1971年から保有していたいすゞ株を、2006年4月に全数売却した。
いすゞと日野自動車はバス事業を統合することが合意された。2002年、日野自動車はスカニアと資本関係のない業務提携した。
富士重工はバス車体製造の事業から撤退した。
世界の自動車産業のM&Aも、ダイムラー・クライスラー社のクライスラー社の売却で一転してしまった。
ユルゲン・シュレンプ全CEOは、安く作れるモデルを開発し、量産メリットによって部品調達コストを劇的に下げることを狙った。
コストをかけず、ブランドの知名度と、それまでの信用で、従来の価格でお客様に買ってもらおうとした。
スタイリングを重視した、安普請のクルマで利益を上げようとした。
そのために、クライスラーを合併し、三菱自動車と現代自動車と提携した。
しかしながら、満足な利益を上げることができなかった。
参考文献
自動車産業のM&Aについて
400万台クラブという言葉が使われ始めたのは、ダイムラーベンツ社とクライスラー社との合併が契機となっています。
年間400万台以上生産する自動車メーカーでなければ生き残れないという説が流布し出しました。
世界で6社(グループ)程度の自動車メーカーになると言われていました。
1999年10月、東京モーターショウ開幕前にフォード社のジャック・ナッサー社長の話した言葉がよく引用されました。
『21世紀に生き残れるメーカーはフォード、GM、ダイムラークライスラー、トヨタ、それとVWだろう。
日産・ルノー連合は不透明でなんとも言えない。あと残るとすればBMWとホンダだろう。
なにしろこの2社には強いブランド力がある』
それ以前は250万台クラブと言われて、VWの拡大が契機になったと言われています。
VWは1991年にスペインの自動車メーカーのセアットを、ベルリンの壁の崩壊後チェコのスコダを買収した。
他の欧州メーカーがVWの拡大政策を警戒して、M&Aによる拡大した面もある。
また、トヨタ自動車や本田技研が高級車市場に参入した。
もうひとつの背景は、ヨーロッパにおける小型化の流れの中で、従来の高級車路線ではいずれ行き詰まると考えた。
1994年には、長年ホンダと提携関係にあったイギリスのローバー社をBMWが買収した。
ダイムラーベンツ社は、M&Aは行わなかったが、小型車に進出し、Aクラスやスマートを販売した。
なお、ローバーは合理化が進まず、中大型車は元工場長が率いる『フェニクス』という投資グループに売却が決った。
RVのレンジローバーはフォード社に売却し、ミニのみBMWに残すことになった。
なお、ローバー社は会社の持つ知的所有権を中国の上海汽車に売却した。
残ったハードウェアは中国の南京汽車集団に売却され、エンジン等のコンポーネントの生産機械は中国に運ばれたらしい。
のこった組立ラインを使ってスポーツカーを生産する予定と伝えられている。
この他に、ヨーロッパの自動車会社を中心に、プレステージの高い高級乗用車メーカーの買収合戦がある。
まず、1991年にジャガーが売りに出され、フォードに買収された。
しかしながら、ジャガーとランドローバーは、インドのタタ自動車に売却された。
有名なのが、1998年のVWとBMWのロールス・ロイスの買収合戦である。
一旦はBMWがロールス・ロイスを買収したようにみえたが、VWによって逆転買収された。
しかし、ロールス・ロイスの商標権はBMWが買収し、この商標権は2003年からVWからBMWに移った。
この結果を受けて、VWはフランスのブガティの商標権を取得した。
なお、VW(アウディ)はイタリアのランボルギーニ社を買収している。
ベンツは自動車買収はせず、マイバッハ(Maybach)の名称を使って高級車を2002年ころ発売する予定であるという。
そのためにベンツ社はイギリスのボディメーカーのマクラーレン社と提携を行った。
この背景としては下記が考えられる。
この頃の考え方は、あまりにも生産規模にとらわれ過ぎていた。
ヨーロッパで起こった考えを、一部の自動車会社の拡大主義に影響され、全世界に広げすぎて考えてしまった。
ヨーロッパが地球環境問題に熱心であり、小型車と省燃費のエンジンの開発に多大の資金が必要になった。
また、EU統合の動きの中で、ヨーロッパという地域の中でのグローバル化に対応しなくてはいけなくなった。
更に、ベルリンの壁の崩壊で、東欧市場への進出と、東欧の低コストを利用しなくてはならなくなった。
1980年代以前は、大型車中心のアメリカ、小型車中心のヨーロッパ、ヨーロッパの中でも国によってクルマのスタイルや味付けが異なり、その国を拠点として、その国向けのクルマを生産する自動車メーカーが存在していた。
しかし、日本車の高品質・低価格による攻勢によって、世界中で同じクルマが売られるようになった。
また、マルチメディア等の発達によって、世界中で生活パターンや価値観が同質化に向かっている。
現在では、欧米自動車メーカーが日本メーカーの品質の高さと低コストの秘訣や秘密は既に習得している。
ただ、作業者の熟練度が日本の方が少し良いだけの状態である。
その結果として、最新の技術を使って、それぞれの地域に合ったクルマを開発しなくなくなった。
安全技術と環境技術は次世代技術とも呼ばれている。自動車は成熟した商品と思われていたが、ここに来て巨額の投資が必要な商品になってしまった。
新しい技術には燃料電池、メタノール改質器、水素保蔵金属、モーター、インバーター、回生ブレーキ、電子パワステ等がある。
これらは生産量が多くなるほどコストが低減するという経験曲線がより大きく作用するものと思われている。
この次世代技術に対する投資を効率よく回収するためには、全世界で、それも全てのクラスの車種に燃料電池等のバワートレインを付けて販売しなくてはならない。
例えば、ある地域だけに限定した販売を行うと、その他の市場でライバル会社が遅れを取り戻す可能性がある。
同様に、あるクラスのクルマだけに限定した場合には、ライバル会社が残りクラスの市場で巻き替えを図ってくる危険性がある。
そのために投資額とリスクが大きくなっている。
喫緊の課題として、環境対策のための燃料効率の高く、排気ガスのきれいなエンジン技術も求められている。
それと並行してハイブリット車の開発をも行わなければならない。
これらの技術は燃料電池クルマが普及すると、重要度が大幅に低下する技術である。これらの技術開発を短期間で行うと共に、コスト回収も短期間に確実に行わなければならない。
ただ、ハイブリット車のモーター、インバーター、電池等の技術は燃料電池車に引継がれる技術と考えられる。
燃料電池車の前哨戦としてハイブリット車の商戦を闘わなければならない。
グローバル化も進んだが、その一方でローカリゼションも同時に進んだ。
北米市場には北米市場に向いた、欧州市場には欧州市場に向いた、アジア市場にはアジア市場に向いたクルマを開発しなくてはいけなくなった。
最新の技術水準で、北米市場向け、欧州市場向け、アジア向け、(日本向け)と同時進行で差別化されたクルマを開発しなければいけなくなった。
それも、それらのクルマが共通部品を持ち、規模の利益により部品単価を下げなければならなくなった。
ただ、1980年代の日本メーカーによる高品質と低コスト技術は消費者に多大な恩恵を与えた。
しかし、今回の環境技術のインパクトは、1980年代のインパクトよりは小さいと考えられる。
ひとつは、消費者に与える金銭的なメリットが1980年の時より小さい。
二つ目は、燃料電池のコンポーネントを自動車メーカー以外の電機メーカーも作る可能性が高く、それを買うことができるためである。
結果、グローバルなフルライン企業だけでなく、複数のマーケットについて強みを持つ自動車メーカーは生き残る可能性は高い。
なお、日本ではトヨタの乗用車を委託している関東自動車工業では、2000年夏に横須賀にある深浦工場の組立工場の閉鎖が行われた。
これは関東自動車工業が岩手工場を新設したスクラップ&ビルドのためである。
また、トヨタ車体の刈谷工場も、いなべ工場新設に伴い、2001年初頭に組立工場を閉鎖した。
同じくトヨタの乗用車を委託生産しているセントラル自動車は、宮城県大衝村に工場を建設した。
2011年1月から輸出用ヤリスの生産を開始した。
2011年3月末までに本社機能を含めて、残っているトヨタ車の生産を順次移管していく。
ホンダでもアメリカ・ヨーロッパ工場の生産能力の拡大によって、鈴鹿工場の第二ラインの閉鎖が検討されている。
日産自動車もリバイバルプランで東京都の村山工場を含む4工場の閉鎖を決めている。
マツダは欧州でデミオ、ファミりアの生産を行うのを契機に、宇品第二工場を2001年9月に閉鎖した。
しかし、宇品第二工場は生産台数増加に伴い、再開された。
いすゞは2005年末にトラック工場の川崎工場を閉鎖した。
リー・アイアコッカは倒産の危機にあったクライスラーを救い、アメリカ経営史に残る企業再建として賞賛された(そして、賞賛されるにふさわしい偉業であった)。
在任期間のほぼ半分までで、クライスラー株の運用成績は市場平均の2.9倍に達した。
しかしその後、アイアコッカはアメリカ経営史でもとくに著名な経営者として自分を売り込むことに熱中するようになった。
インベスター・ビジネス・ディリー紙やウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えた日々の動向をみていくと、アイアコッカはテレビの人気トークショーに頻繁に出演し、80を超えるCMにみずから出演し、大統領選への出馬を考え(「クライスラーの経営は国の経営より大きな仕事だ。
…わたしならアメリカ経済を半年で建て直してみせる」と語ったこともある)、自伝を大々的に宣伝した。
自伝の『アイアコッカ』が700万部売れ、ロック・スター並みの人気者になった。
日本を訪問した際には数千人のファンが押しかけている。
アイアコッカの株はおおいに上がったが、在任期間の後半にはクライスラー株の運用成績は市場平均を31パーセント下回った。
目をおおいたくなるのは、アイアコッカが表舞台からしりぞいて企業の王座に伴う特権を手放すことがなかなかできなかった点だ。
引退の時期を何度も遅らせたので、社内では死んでも会長職を離さないだろうとの冗談がささやかれるようになった。
そしてようやく引退したとき、社有機とストック・オプションと提供しつづけるように取締役会に要求している。
後に、有名な乗っ取り屋のカーコーリアンと手を組んで、クライスラーの敵対的買収に乗り出す一幕もあった。
クライスラーはアイアコッカが引退した後の5年間、栄光を取り戻したが、それも短期間に終り、企業としての基礎体力が弱かったため、ドイツの自動車メーカー、ダイムラー・ベンツに買収される結果になった。
もちろん、クライスラーが独立を失ったのは、アイアコッカだけの責任ではない。
企業を売却する決定をくだしたのは、後の世代の経営陣である。(47〜48ページ『ビジョナリーカンパニー 2』)
トヨタは、ダイハツの中国での天津汽車とパイプを作り、中国進出を果たした。
最近では、インドネシアにおいてダイハツの軽自動車のホイールベースを延長したミニバンを開発し、トヨタブランドとダイハツブランドで販売を開始した。
同様の試みは、インドでも行なわれる予定である。
欧州においては、ダイハツの軽自動車をベースに、トヨタとPSAが小型車を開発し、チェコで年30万台規模で生産を開始した。
日産とルノーの提携は、キャッシュフローの不足した日産自動車にとっては生き残りのために提携であった。
また、ルノー社は80%の車をヨーロッパで販売していて、グローバル化が遅れている。
そのため、日産自動車と提携することで、グローバル化でき、さらに電気自動車等の次世代技術を確保できる。
ルノーは日産自動車が技術提携していた韓国の三星自動車の買収した。
なお、ルノー社は以前に提携関係のあったルーマニアのダチィアを傘下に納めている。
2000年4月27日、ルノーは、経営が破綻していた韓国の自動車グループのサムスン自動車を買収する契約を債権銀行団との間で締結した。
釜山などにあるサムスンの工場などの資産を総額5億6千万ドルで購入した上で、ルノー、サムスングループ、債権団の3者で合弁会社を設立し、韓国メーカーにも提携相手を広げることによって、アジアでその存在を高める意気込みがうかがわれる。(168〜169ページ『ゴーンさんの下で働きたいですか』)
日産のメキシコ工場でルノークリオを委託生産し、ルノーのブラジル工場で日産フロンテラ、エックステラの委託生産を行なっている。
ルノー社はインドネシア、マレーシアの日産自動車の協力でルノー車の販売を行なっている。
また、ヨーロッパの販売網を統合する計画である。
日産とルノーは事業調整が行われているように推定される。
今後、日産自動車は北米市場とアジア市場に注力するのではなかろうか。
特に、成長率が高く、事業基盤の弱いアジアに注力するのではなかろうか。
日産のグローバル化をルノー社が利用するというよりも、日産自動車のグローバル化そのものがルノー社のグローバル化になっていると思われる。
ルノー社と日産自動車との業務提携は、エンジン、車台(プラットフォーム)、部品供給業者(サプライヤー)を共有することによって、日産自動車のルノー化を進めていくだろう。
なお、アメリカにおける日産自動車とフォードとのミニバンの合弁事業は2002年に終了した。
ルノー・日産はダイムラー社は2013年以降発売されるルノートゥンゴとスマート次期車について共同開発を行っている。
トゥンゴとスマートは同じプラットフォームを共有する計画である。
スマートはスマートフォーツー(2人乗り)とスマートフォーフォー(4人乗り)の両方が開発される。
スマートフォーツーは現在と同じフランスのマンバッハ工場で生産する。
スマートフォーフォーはルノー社のスベロニアのノボォ・ベスト工場で生産する。
ここではルノートゥンゴを生産している。
前モデルのスマートフォーフォーは、三菱自動車のオランダ工場(ネッドカー)でコルトをベースに開発・生産されたが、1年ほどで生産を打ち切った。
将来はEVも共同開発する計画である。
ルノー日産はダイムラー社に3気筒・4気筒のガソリンエンジンとディゼルエンジンを供給する。
ダイムラー社はインフィニティ用の4気筒・6気筒のガソリン・ディーゼルエンジンを供給した。
たぶんルノー日産はFF用エンジンを、ダイムラー社はFR用エンジンを相互供給するものと推測される。
日産自動車は米国のデカート工場(テネシー州)でダイムラー社のエンジンの生産を行う。
ダイムラー社はアメリカで新たに生産を開始する次期Cクラスにこのエンジンを搭載する。
日産自動車はインフィニティにこのエンジンを搭載する。
一時は、インフィニティは日本の生産に戻すことを表明していたが、最近インフィニティの海外生産もあり得ると発表していた。
GMの場合には、小型車メーカーとしてスズキとも提携していて、1998年秋に3%の出資を10%に引き上げ、2000年に更に20%まで引き上げた。
GMの戦略は、まずスズキと富士重工2社の開発力と製造技術を、共通プラットフォームのような形で共有化させる部分と、
各社が個別にGMとアライアンスを組むといった二面作戦だ。(80ページ『トヨタとホンダ』)
ホンダ技研は資本提携しないと明言しているが、安全環境技術では1社ではどうすることのできないグローバルスタンダードの問題がある。
そのため、ホンダはGMとの間に安全技術・リサイクル等の包括的な提携を締結した。
その一方で、南アフリカでダイムラー・クライスラー社で行っていた委託生産が2000年末で終わった。
更に、2000年3月にはGMとフィアットの提携が発表された。
将来は、GMがフィアットの株式を全額買い取る契約になっていた。
しかし2005年には、GMが賠償金を支払うことで、GMとフィフットの提携は解消された。
GMの提携は、クルマの入手を目的に行っているケースが多い。
スズキとの提携も同様に1リッタークラスのクルマの技術の入手と、GM向けのクルマの開発のための増資を行っている。
カナダにあるスズキとGMの合弁工場でも、もっぱらGM向けに小型SUVを生産している。
ハンガリーのマジャールススギでは、小型SUVのイグアスが生産され、スズキブランドとGMブランドで販売されている。
イグアスの前に生産されていたワゴンRは、GMのポーランド工場に生産移管されている。
また、トヨタと合弁で始めたNUMMIの目的は、ジャスト・イン・タイム技術の習得にあったと言われている。
しかし、NUMMIから小型乗用車の供給も受けていました。
相対的な支配力ある企業(GM)の周りに、提携企業が配置される星型の提携で、重複した提携も少なくない。
日本企業だけでも、いすゞ、スズキ、富士重工の3社が資本提携を行い、資本提携を伴わない提携ではトヨタ自動車とホンダ技研が提携している。
いすゞをGMグループのアメリカとポーランドのディーゼル技術の拠点とした。
最近、ホンダはGM傘下のいすゞのポーランド工場からディーゼルエンジンを調達し、低公害エンジンをGMに供給する契約を結んだ。
ホンダは2003年から5年契約でGMにV6エンジンを年間5万台供給している。
タイのGM工場では、いすゞの輸出用ピックアップトラックの委託生産を受けている。
イギリスのIBCで組み立てていたいすゞファーゴの替わりに、ルノーと提携して、トラフィックを生産し、GMブランドとルノーブランドで販売している。
同様のことはスペインでも行なわれており、日産のスペイン工場でルノーのトラフィックを生産し、ルノーブランド、日産ブランド、GMブランドで販売している。
更に、ルノーのマスター(小型商用車)もGMにOEM供給している。
しかし、2005年にGMの経営不調が伝えられると、まず富士重工(株)を手放しました。
富士重工(株)は、トヨタ自動車と提携し、富士重工の株式の7.8%を取得しました。
富士重工(株)のアメリカ工場でカムリの生産することを決めました。
トヨタ自動車は、富士重工のアメリカ工場の塗装設備を水性塗料対応に変更しました。
トヨタ自動車と富士重工は、小型スポーツカーの共同開発を行っています。
スバル生産のステラは2011年4月に生産を終了しました。
2011年5月に、新型ステラはダイハツ工業からムーブのOEM受けして発売しました。
富士重工は2012年2月で軽自動車の生産を終えることを決めています。
現在、富士重工の販売は、米国と欧州市場において好調を維持しています。
しかし、米国と欧州で行われる燃費規制に対応するため、小型車が必要になります。
まず、欧州市場においてはトヨタ自動車のラクティスをOEM供給受けし、トレジアの名称で販売します。
トレジアは2011年のジュネーブモーターショーで公開されました。
なお、現在トヨタ自動車は富士重工の16.48%を所有しています。
GMは20%持っていた(株)スズキの株を3%残し、残りを売却しまた。
(株)スズキはGMの手放した株の大部分を取得したと報じられました。
2009年12月に(株)スズキは新たにVWと提携し、VWは(株)スズキに対して19.9%を出資しました。
VWは当面(株)スズキに対して支配力を行使しないとの意図からあえて20%を下回る出資にとどめたものと推測されます。
しかしながら、VWとスズキの提携は進展せず、2011年9月に提携は破棄されました。
スズキは2006年から「SX4」にフィアットのディーゼルエンジンを搭載し、フィアット社にOEM供給していました。
2013年から1600ccのディーゼルエンジンの供給を受けることが決まっていました。
GMはスウェーデンのサーブ社を、2010年1月にオランダのスパイカーに売却しました。
しかし、資金不足に悩んでいるサーブ社は、中国の華泰汽車から29.9%(約180億円)を受け入れる計画です。
現在、スパイカーが名称を変えたスウェディシュ・オートモーティブは破産の報道があります。
GMポルトガル工場は閉鎖予定である。
2000年3月、旧クライスラーとの合併後の組織融合でめどを付けたダイムラー・クライスラーのシュレンプは積極的に動いた。
アジア事業の戦略を立てるうえで本田に接近したが、すでにGMとのあいだでエンジンに関する技術提携を行っていることから、脈はなく、残された三菱に働きかけた。
1971年以来、資本提携の関係にあった旧クライスラーが保有していた三菱自動車株は、1993年に売却されて、両社の関係は解消したが、その後も旧クライスラーへの乗用車とエンジンの供給を行っていた。
乗用車部門は、2000年3月にダイムラー・クライスラー社と資本提携で基本合意した。
正式の提携契約は同年7月に締結され、10月に33.4%の増資出資があり、11月にはダイムラークライスラ社の役員が入った。
2009年のヨーロッパでの自主燃費規制で大型車を売り続けるために、小型車を積極的に販売していかなくてはならない。
そのために三菱自動車と提携したという。
その後、三菱自動車とボルボ社の契約と出資金は、ダイムラークライスラー社に譲渡された。
こうした過去のつながりもあって、34パーセントの資本の受入れを含めた包括的提携を結ぶこととなり、おさまるべきところにおさまった感がある。(252〜253ページ『トヨタvs.ベンツvs.ホンダ』)
ダイムラークライスラー社は2000年6月に、現代自動車と包括的な提携で合意した。
ダイムラークライスラー社が現代自動車に対して10%の出資を行ったが、提携を解消し株式を売却した。
しかし、2004年に入って、ダイムラークライスラー社は三菱自動車の追加資金提供を拒否した。
このことにより、ダイムラークライスラー社と三菱自動車は全面的な提携関係から、微妙な提携関係に入った。
ダイムラークライスラー社は、分社化されたふそうトラック・バス(株)の過半数の株式を取得し、子会社とした。
ダイムラークライスラー社の持つ三菱自動車株は、売却された。
ダイムラークライスラー社は、2009年に実施される自主燃費規制に対応したスマートフォーフォーの販売が予想を下回り、スマート事業が大幅な赤字に陥ったためである。
そのため、小型車でVW社と提携を模索した。
しかし、VW社と提携関係にあったポルシェ社が株式の買い増しして、VW社への影響力を保持した。
オランダの三菱の工場であるネッドカーでのスマートの生産は、2006年6月で終了しました。
同時に、スマート/コルト用のエンジンを生産しているドイツの合弁会社は、ダイムラークライスラー社が買い取りの意向を示し、三菱自動車も合意した。
このエンジンの合弁会社は、三菱自動車の1.1、1.3、1.5リッターのエンジンブロックをアルミ化するものでした。
オランダのネッドカーで生産される三菱コルトとスマートフォーフォー、日本で生産されるコルトの大部分にこのエンジンは使われている。
なお、ネッドカーは三菱自動車100%所有である。
米国では、ダイムラークライスラーと三菱自動車、現代自動車の3社で行なわれていたエンジン開発は完了した。
このエンジン開発は、現代自動車のシーターエンジンをベースに共同開発を行った。
このプロジェクトは、韓国、日本、米国で同時に量産される予定であったが、最初に米国で行ない、2005年秋に日本でも行なわれることになった。
一方、三菱のアメリカ工場に生産委託されていたダイムラークライスラー車の生産は終わった。
ダイムラークライスラー社と三菱自動車の関係は、南アフリカとメキシコにおける三菱車の販売、スマートフォートゥ向け1000ccエンジンの供給等の個別案件では残っている。
ダイムラー社がクライスラー社を売却し、南アフリカの三菱車の販売はダイムラー社が引継ぎ、2011年に三菱自動車が独自の販売網で販売することとなった。
スマート向けのエンジン供給は、ダイムラー社とルノーの共同開発によって次期スマートはルノーのエンジンが搭載予定である。
三菱自動車は2008年12月にマレーシアのプロトンと再び技術援助契約を締結し、「ランサー(国内名 ギャランフォルティス)」をプロトンの工場で現地組み立て行なっている。
プロトンブランドの「インスピラ」と三菱ブランドで販売している。
現在、三菱のグローバルスモールと呼ばれる小型車の部品共通化やEV、HV車についての技術提携が行われていると報じられている。
なお、1997年のアジアの金融危機に引き続いて発生した韓国の経済危機によって、韓国の起亜自動車(トラックの亜細亜自動車を含む)は企業破綻し、1999年に現代自動車に買収されている。
フォードとマツダは起亜自動車に出資・提携していたが、2000年6月にこの出資・提携を解消した。
フォード社は、プレミアムグループと呼ばれている欧州のアストンマーチン、ジャガー、ボルボ、ランドローバと日本のマツダを参加に置いていた。
アストンマーチンは英国の投資グループに売却し、ジャガーとランドローバー社はインドのタタ社に売却しました。
2010年8月、ボルボ(乗用車部門)は、中国の吉利汽車と売却されました。
マツダとは資本提携を解消したが、技術提携は残した状況になっている。
米国にあるマツダとフォード社の合弁工場のオート・アライアンス・アメリカ(AAA)は、既にマツダの持分株式をフォード社が買い取っている。
最近、マツダはAAAでの生産を止め、メキシコに工場を建設し、生産を移管することを発表している。
マツダとフォードの中国での合弁事業は、中国政府の許可を得て、マツダの事業とフォードの事業に分割する方針が決まっている。
結果、マツダとフォードの合弁事業はタイのオート・アライアンス・タイの事業が残ることとなった。
起亜がグループから離れていったことにより、手薄になったAセグメントとBセグメントのクルマについて、フィアットのポーランド工場で生産で提携の交渉をしている。
日産自動車は自動変速機・無段変速機の開発部門を、子会社のジャトコに合併させ事実上の分社化で子会社化しました。
三菱自動車は2001年11月に自社のATとCVT部門を分社化し、ジャトコと株式交換を行ないました。
三菱自動車は日産に対して軽商用車をOEM供給し、日産はスキッパーの名称で販売しています。
軽商用車ベースの乗用車の三菱タウンボックスとパジェロミニを、日産スキッパーリオとキックスの名前で販売しています。
さらに、2005年には三菱自動車は軽乗用車(ek-ワゴン)をOEM供給し、日産はオッティとして販売しています。
日産自動車と三菱自動車は軽乗用車の共同開発を行い、2013年前半に新型軽乗用車に新型エンジンを搭載して発売することを発表しています。
日産自動車から三菱自動車に「NV200バネット」をOEM供給し、2011年11月から販売します。
同様に、2012年夏から日産「フーガ」を三菱自動車にOEM供給します。
逆に三菱自動車から三菱自動車に対して、ミニキャブMievを2012年中に供給できるように検討しています。
三菱自動車はスズキからOEM供給を受け、デリカD2として販売している。
日産自動車は既に、スズキから軽自動車のOEM供給を受ける契約を結んで、スズキアルトを日産ピノの名称で販売していた。
スズキMRワゴンとパレットを、日産モコとルークスの名前で販売しています。
また、ジヤトコはスズキにATを販売していて、愛知機械工業では軽自動車用CVTを生産している。
最近の例では、マツダのボンゴバン・トラック、ボンゴブローニィバンの三菱自動車へのデリカとしてOEM供給しています。
マツダは1994年から日産のADバンをOEM供給を受け、ファミリアバンとして販売しています。
逆に、日産は1994年からマツダのボンゴバン・トラックのOEM供給を受け、バネットバン・トラックとして販売しています。
2011年6月からは、マツダのプレマシーのOEM供給し、日産のラフェスタとして販売しています。
海外でもPSA(プジョー、シトロエングルーブ)はルノーと提携し、V6エンジンとATミッションの開発・生産を行なっています。
PSAとフィアットの間でも、小型商用車をフランスとトルコで共同開発・生産を行なっています。
フォードとPSAは、アルミ製のディーゼルエンジンの共同開発を行っている。
PSAはBMWと1600ccガソリンエンジンの共同開発を行なっている。
更に、PSAは2007年に三菱自動車から新型アウトランダー(SUV)のOEM供給を受けている。
ロシア工場をPSA(70%)、三菱自動車(30%)で合弁で建設した。
1998年6月には、VWとポルシェが共同でスポーティタイプの多目的車(SUV)を開発、生産し2002年に販売した。
現在、ポルシェは2009年に発売する新型スポーツカーをVWの工場で生産することを合意した。
現在では、この他目的車をハイブリッド車にすることで提携している。
ポルシェはVWの株式の25.1%を所有している。
また、ダイムラークライスラー、GMとBMWはハイブリッド車の開発で提携した。
トヨタは環境技術で、GMとVWと広範囲でゆるやかな提携を結んでいる。
これの提携は事業の再構築から出た提携ではなく、新世代技術の世界標準を視野に入れた提携と考えられる。
GMとは、次世代車である『環境技術車』を共同研究、開発することである。『環境技術車』とは実質燃料電池車である。
VWとは、トヨタがガソリン直噴エンジン、VWがディーゼル直噴エンジンという低燃費エンジン技術で相互補完することを目指している。
最初に動いたのは、ダイムラークライスラー社であろう。
ダイムラークライスラー社は、アメリカのフライトライナー等のメーカーを持っている。
結局、三菱自動車の分社化したトラック・バス部門を三菱ふそうトラック・バス(株)として傘下に収め、アジアのトラック市場のシェアを手に入れることになった。
アメリカで提携関係にあったデトロイト・ディーゼルを子会社化した。
ルノーは提携相手の日産自動車の子会社の日産ディーゼルとも提携し、ルノーの子会社のルノー・ビークル・インダストリー(RVI)と提携することが決った。
RVIはアメリカにマックトラックを所有している。
なお、スカーニアを買収し損ねたボルボ社は、再びルノーのトラック部門と提携した。
ボルボは日産ディーゼルの株式を取得した。
2000年4月25日、ルノーは、スウェーデンのトラック大手のボルボとトラック部門を統合すると発表した。
ルノーのトラック部門子会社のルノーVI(RVI)とMACKの両者がボルボの傘下に入るとともに、ルノーがボルボの株式を取得して筆頭株主になるものだ。
これによりルノー・ボルボのトラックグループは、世界第二位のトラックメーカーになる。(167ページ『ゴーンさんの下で働きたいですか』)
VWはボルボが買い占めたスカニア株を買い取り、スカニアの筆頭株主となった。
また大型トラックではディーゼルエンジンから排出される浮遊粒状物質(SPM:Suspended Particulate Matter)が問題になっている。
このSPMを吸収するフィルターとしてDPF(Diesel Particulate Filter)の開発が焦点になっている。
日産ディーゼル工業と三菱ふそうトラック・バス(株)は、国内バス事業で提携した。
日産ディーゼル工業は中型バスと路線バスを、三菱ふそうトラック・バスは大型観光バスを中心に相互にOEM供給する。
エンジンは日産ディゼルが大型路線バス用、三菱ふそうが中型バス用を供給する。
2006年3月と9月に、日産自動車が保有していた日産ディーゼルの19%の株式をボルボが取得した。
また、日産ディーゼルが会社再生時に発行した金融機関保有の優先株もボルボが取得し、日産ディーゼルはボルボの子会社になった。
2007年に、ディーター・ツッチェCEOに交代すると、従来の緻密なクルマの開発に路線変更しました。
ステアリングの感触、エンジン・ミッションのマッチングの良さ、パッケージング(空間設計)、ヒューマン・マシン・インターフェイス等のすり合わせ技術である。
そのために不要となったクライスラー社を売却し、三菱自動車との提携を解消しました。
なお、現代自動車との提携はそれ以前に解消されています。
単なる量産効果のみを期待したM&Aの時代は終焉を迎えました。
BMW傘下に入ったミニ(ブランド)以外のローバーは、知的所有権を中国の南京汽車が購入し、意匠権とR&D施設は上海汽車が購入した。
上海汽車が南京汽車を傘下に入れたことにより、ローバーの意匠権、知的財産権、R&Dの設備はは上海汽車のものとなった。
上海汽車はそれらを使い自社ブランドを作り上げた。
なお、ローバーのブランド名は、ランドローバーを買収したインドのタタ社が所有している。
GMが50%所有していたサーブは、破綻し、中国の北京汽車が知的財産権を購入した。
サーブ本体は、オランダのスパイカーが買収した。
売却理由は、ダイムラー社と共通したものがあります。
プレミアムブランド・グループの車に、フォードの車台や部品を使うことでコストを下げて、利益を上げようとしました。
今までのブランド・イメージの良さと、スタイリングによって従来どおりの販売を目論んだのです。
しかし、今までのお客様がそっぽを向いて、利益を上げることができなかったのです。
2008年に発生したリーマンショックにより、GMとクライスラーは破綻の危機に見舞われました。
GMはヨーロッパ部門(欧州GM)を部品会社のマグナ社に売却・分離を予定していました。
現在GMに求められているのは、消費者との対話の重視による新車開発と言われています。
そのため、ポンティアックとサターンを廃止し、確実に販売が期待できる新車開発を行なうために、製品ラインを縮小しました。
消費者との対話を重視した『選択と集中』と言ってしまえばそれまでだが、実際にはアメリカ政府のグリーン化政策を大きく反映していると考えられます。
GMで大型車を作っているのは、アメリカとカナダ、オーストラリアぐらいのものです。
欧州は、欧州GM(オペル/ボグゾール)が主に小型車を開発し、販売しています。
それ以外のブラジル等の諸国では、オペルが開発したコルサベースのクルマと、韓国のGM大宇が開発した小型車を生産・販売しています。
アメリカ政府は、GMにボルト(プラグイン・ハイブリット車)や、海外で生産している小型車の生産・販売を米国内で販売するように指導しています。
その結果として、アメリカでは大型車の生産を削減させたのです。
GMは、結局、オペルを売却することも、ハマーを売却することも撤回してしまいました。
GMが破綻する以前に破綻していたスウェーデンのサーブは、一部生産資産を中国の北京汽車に売却することで合意しました。
サーブの売却の問題は、フォード社のプレミアムブランド・グループの問題と全く同じと考えても良いと思います。
ただ、サーブの場合は売却に至らず、生産資産を売却し、事業を縮小させる方針です。
フィアット社によるクライスラー社の支援は、フィアット500を販売することにとどまらないだろう。
フィアット社は、フィアット、ランチャ、アルファロメオと個性の大きく異なるクルマを同じプラットフォームから生産しています。
地域や消費者の好みの多様性を実現しつつ、アンダーボディに限らずそれに組み付けられる主要部品を大量生産し、部品コストを下げ、熾烈な競争に勝ちぬく戦略です。
アメリカでは、フィアット500よりも大きいクルマが圧倒的に売れています。
現行のクライスラー社が生産・販売しているクルマの改良を行ない、アルファロメオブランドで販売する計画を立てている。
イタリアで生産されているアルファロメオ車の姉妹車を生産し、アメリカでクライスラーブランドで販売することも計画している。
フィアット500は、クライスラー社のメキシコ工場で生産されることが計画されている。
アメリカ・カナダでは、セグメントAとセグメントBのクルマは生産されていない。
海外から輸入されるか、メキシコで生産されている。
2011年7月にフィアット社はクライスラー社の53.5%を取得し、経営統合に乗り出す計画です。
その背景として、アメリカの過大な消費による経済成長が望めなくなったためです。
新興国で安く生産し、この製品を輸入することで日本を始め先進国ではデフレ経済は続くでしょう。
その結果、先進国では大幅な経済成長は見込めなくなっています。
自動車産業でも新興国で安く生産して、それを先進国に輸出することが一般的になりつつあります。
スズキはインドで生産した小型車(Aスター)を欧州に輸出しています。
この能力が評価されたものと考えられます。
環境対応で最初に出てきたのは、クルマの小型化による燃費向上と考えられます。
中国や新興国が開発したクルマと競争するために、より軽量化した小型車の開発と考えられます。
中国や新興国の同じクラスのクルマと比較して、燃費がよく、それでいてクルマのサイズが少し大きい、または室内が広い小型車の開発を目指しています。
そのために、高張力鋼板を使い分け、衝突実験で好成績を挙げられる部品点数の少ないボディ開発を目指しています。
小型車なので採算性を確保するのが難しく、量産効果を上げられる販売台数の確保が重要となってきます。
中国や新興国で開発されたクルマより高くても、維持費が安く、室内が広いことで競争をしていくことを目指しているように感じます。
電気自動車の競争のおいても、ボディそのものの軽さは重要です。
当面、バッテリーの能力はユーザーの要望をはるかに超えることにはならないと思います。
同じ容量のバッテリーを積んでも、ボディの軽いクルマが走行距離が長くて、競争力を持つでしょう。
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