自動車産業のブランド戦略
マルクス経済学では、価値創造を行なえるのは人の労働のみと考えていた。
だが、1990年のベルリンの壁の崩壊により、マルクス経済学は最後の脈略を断たれたといって良いだろう。
ヘーゲルは、『すべて世界史上の大事件と大人物は二度現れる。一度は悲劇として、二度目は茶番として』と書いた。
現在でも、生産部門の人たちは、同じコストをかけた製品は同じ価値を持ち、同じ価格で販売できると考えているようだ。
長年、右肩上がりの成長が続いていて収益構造が安定していて、他社と同じ製品を作る横並び意識が蔓延してしまった。
そのため、ブランド戦略による収益構造の構築をあまり考えてこなかったためである。
実際には、例え同じ価値を持つ商品でもブランド力によって消費者からの評価は異なる。
ブランドは無から価値を生み出したのである。
商店とか会社を売却した時、資産価値より売買金額が多い時、この金額を『のれん代』という。
日本ではブランドと言えば、この『のれん代』という意識が強い。
ブランド構築の成功した例として、アメリカでの本田技研の例がある。
本田技研は企業イメージは良い会社として知れ渡っているが、利益の大部分をアメリカで上げている。
この背景には、アコードやシビックが大量販売があると考えられるが、アメリカでのブランドイメージが特に良いことも上げられている。
それは、1972年にCVCC(複合渦流調速燃焼方式)エンジンを発表し、排気ガス規制法のマスキー法を他社に先駆けクリアーしたことであろうと言われている。
本田技研の例にならって、トヨタ自動車も計画より1年はやくハイブリッドカーのプリウスを発売し、企業イメージの向上を図ったものと考えられる。
失敗した例として、ブランド名をダットサンが日産に変えた例がある。
マリアン・ケラー著『激突』(トヨタ、GM、VWの熾烈な闘い)の最後に、著者と自動車評論家の徳大寺有恒氏との対談のなかでマリアン・ケーラー氏は次のように述べている。
「アメリカから日産を眺めますと、いろいろと誤った選択をしているように思います。そのひとつは『ダットサン』から『ニッサン』に名称を変更したことです。
これでかなりイメージが変わってしまいました。10年間以上も『ダットサン』で販売していたのが、急に『ニッサン』になって『ニッサン』とはなんだという状況になってしまったわけです。
結果、アメリカで日本車の中でトップの販売台数を誇っていた日産自動車は、あっさりトヨタ自動車に抜かれてしまった。
結果として、日本企業にはブランド戦略の意識が低い企業が多かった。
しかし、現在の日本企業にとってブランド戦略構築は最重要課題である。
ブランドとは、販売者の製品やサービスを識別し、それらを競合他社から差別化するために付される名前、言葉、記号、シンポル、デザイン、ないしはこれらの組み合わせである。
また、消費者が商品やサービスを選択する時に、商品やサービスを見分ける判断になる名前でもある。
例えば、「シャネルNo.5」の瓶をみて、高品質で高価な香水という認識を持つだろう」。
しかし、全く同じ品質の香水が何のマークのついていない瓶に入っていたら、低い品質しかみとめないだろう。
第一の意見は、『ブランドとは、市場で消費者に選ばれた商品である』ことを強調した『ブランド自然選択説』です。
マーケッティング・マネジメントの教科書では、ブランド名を付ける事によって、他の商品とは区別できるとか、法的保護が可能になると書かれている。
第二の意見は、『ブランドの核心には常に、製作者や経営者のそのブランドにかける思いや夢、世界観やビジョンがある』という意見である。
これは、『ベンツ』や『BMW』には、そもそもそれとして認められた価値(パワー)が内在しているという説である。
ブランド・パワー説と呼ばれている。
この説は消費者にいかに選ばれるかよりも、制作者がそのブランドに込めるところの価値を消費者に対していかに首尾一貫した形で伝え、啓蒙するかが重要であるという意見である。
具体的には、企業そのものが持つ価値観が、そのままブランドを形成するという考え方である。
製品だけによってブランドが形成されるのでなく、企業行動そのものもブランド形成に寄与する考え方である。
一般的には、ブランドは第一の意見と第二の意見を折衷した、企業と消費者のインターラクティブ(双方向)な関係によって成立すると考えられている。
ブランドは、企業と消費者の間の信頼関係とも言い換えることができる。
かつては、ブランドは知名度と勘違いして、広告宣伝費用を増やす試みも行なわれたことがある。
『顧客満足』とその先行要因である『顧客創造』と密接に関係している。
『顧客満足』は、顧客の購買体験を元にして形成される態度もしくは感情であり、製品やサービスを利用する際の状況的要因のすべてによって影響を受ける。
「ブランドは決して偶然に生まれることはない」ということである。
長い寿命をもった商品とは、たまたま消費者の人気を呼んだ商品が、長い時間、残ったものだという考えがある。
その商品が、長寿命になるかどうか、ないしはブランドたりうるかは、消費者の欲望が決めるものである。
ブランドは企業と消費者との信頼関係であるから、消費者の認識が換われば脆く崩壊する危険性を持っている。
自動車の場合、消費者が思っている製品だけでなく、サービスを提供し続けていかなくてはならない。
今まで高級ブランドだと思っていた製品が、安普請でできていると認識してしまえば、それでブランドは消滅してしまう。
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ベンツとBMWは、ブランドネクサス型ブランドのブランド戦略をとってきたものと思われる。
わが国で販売されているベンツは、300万円以下のAクラスから、1300万円以上するクルマまである。
使用されている技術も、従来は純機械的なクルマであったが、最近では電子技術を多様したクルマに変化している。
しかし、それでもベンツブランドは、いつも同じベンツブランドである。
このようにヨーロッパの高級車メーカーは、メーカー名に英数字をつけた名前を付けている。
一方では、トヨタの「いつかはクラウン」に象徴されるように、消費者の購買力増加によって、高級車種への移行を促すブランド戦略を取っている。
そのため、使用機能ネクサス型ブランド戦略を取っているものと考えられる。
通称ブタの鼻と呼ばれているキドニーグリルと、丸いヘッドランプはBMW車の特徴となっている。
この独特のスタイルは、ブランドイメージを強化している手段であって、ブランドの構成要素ではない。
あくまでも、ブランドはメーカーのスポーツカーを造ると言う意思と、BMW車を好む消費者の相互作用こそがブランドである。
製品は、その製品を好んで買うと言う消費者を写した鏡のような存在でしかない。
この消費者の存在こそが、ブランドなのである。
数年前にトヨタ自動車がカローラをフルモデルチェンジした時に、価格を上げ過ぎて、販売不振になった時があった。
日本におけるカローラの位置づけが、海外での位置づけよりも低かった。カローラは国内・海外でも販売している国際的なブランドである。
トヨタでは国内と海外でのカローラの位置づけを合せ、国際ブランドとして通用できるブランドに成長させたかっただけと思われる。
しかし、カローラの購買層には、カーロラはもっと安いクルマであるというイメージがあった。
そのため、カローラの需要層からそっぽを向かれてしました。
その後、トヨタ自動車はカローラの位置づけを見直し、需要層の消費者のブランドイメージに合うようにした。
同じく数年前にトヨタがクラウンをモデルチェンジした。それまでクラウンは、国内専用車であった。
そのため、高いシェアを獲得しても、クラウンの販売台数には限界があった。
トヨタは国際的に通用するクラウンのデザインを採用した。しかし、多くの消費者は伝統的なクラウンのスタイリングを好んだ。
結果、トヨタは2年後に大幅なマイナーチェンジを行い、伝統的なスタイルに回帰した。
これは味を変えたコカコーラと同じようなケースである。
日本の自動車会社のブランド戦略の大きな失敗は、前述したアメリカでの『ダットサン』から『ニッサン』へのブランド名変更であろう。
国内でも、マツダが販売5チャネル化で、アンフィニとかオートザム等のマツダのブランド名を付けずに販売し、消費者を混乱させた。
これによってマツダの業績が低迷し、事実上のフォード子会社となった。
日本では1300ccから2500ccクラスのクルマは、景気の動向によって、販売台数は大きく振れる。
トヨタにしろ、マツダにしろ販売チャネルの販売台数を安定させなくてはならない。
そのため、販売チャネルは異なっても、取り扱い車種には大きな特徴はなくなってしまう。
販売チャネルをブランドにしようとしても、ブランドとしてなりたたなくなる。
そのための理由は、もともと日本の自動車販売チャネルはブランドとして独立した存在ではなかった。
同じ市場を深耕する目的で販売チャネルを設立している。
また、ブランドは導入初期には、他の成功したブランド名称を借りることによって、成功に導くことができる。
例えば、最初はカローラ・スパシオのようにカローラの冠を付けて、その後スパシオとして独立させることによってブランドを成長させる。
ブランドは、その製品や技術を他の製品やサービスと区別するだけの存在でしかない。
しかし、ブランドが中心になると、そのブランドを軸に消費者との安定した関係を構築することが主眼となる。
製品でなく、ブランドに対する愛着やロイヤリティを育てることが主眼となる。
ブランドの中身は、企業が自分の勝手に変更できるものでない。ブランドは企業の財産だといっても、企業の意のままにならない財産なのだ。
ブランド・コンセプトとは、もっぱら消費者がそのブランドに対して期待する機能やベネフィットに対応して記述されるものである。
ブランド・ポジショニングは、ブランド価値の全てを考慮すへきものではない。
もし、競争者の主張が変われば、それに応じて当該ブランドのポジショニングもより優位な競争的立場を求めて変更する。
企業間提携とブランド戦略
通常、ブランド・ポートフォリオ・マネジメントと言えば、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントと比べて、製品が製品群に変わる程度としか考えられていない。
しかし、フォード社の場合は、イギリスの少量生産メーカーのアストン・マーチンを始め、ジャガー、ボルボ(乗用車部門のみ)、マツダと会社単位のブランド・ポートフォリオ・マネジメントを行っていると考えられる。
フォード社は現在マツダのブランドイメージの明確化と向上を行っている。
それとともに、より低価格でクルマを提供できるように韓国の大宇自動車の買収に動いている。
一方、VWはスペインのセアト、チェコのスコダを続けて買収した。
これによって、ロールスロイス・ブガティ、アウディ、VW、セアト、スコダというブランド・ヒエラルキーを形成している。
ヨーロッパはシュバルツバルトの森の枯死、北欧の湖の酸性化やオランド等の低地の地球温暖化による海面上昇と、地球環境に対する関心が高い。
その影響もあり、ヨーロッパでは小型車の比率が増える傾向がある。
また、トヨタ自動車がレクサスブランドで、BMWやベンツの高級車市場へ参入してきた。
そのためもあって、BMWとベンツは小型車部門への進出を決めたものと思われる。
BMWは小型車部門に進出するとともに、ホンダと提携関係にあったイギリスのローバー社を買収した。
しかし、ローバーの赤字体質に対して、BMWの業績の足を引っ張られている。逆に、BMWが買収の対象になっている。
ベンツの場合には、Aクラスの小型車はベンツブランドで販売したが、それより小さいスマートはスイスのスウォッチ社と合弁で生産している。
ベンツがAクラスに開発した時、ベンツブランドの高級感が損なわれるとの批判を浴びた。そのため、スマートは別のブランドにしたものと思われる。
これらのことから、やはりベンツが低価格ブランドに参入するには、ベンツブランドの高級感を維持できないと判断し、M&Aによる大衆ブランドの追加に戦略を変更したと推測される。
結果、ダイムラークライスラー社が誕生した。
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参考文献