スペシャル レポート


日産リバイバルプランについて


T はじめに

 1998年3月に、日産自動車(株)とルノー社は、資本提携と業務提携を行った。ルノー社が株式の33.4%以上を握ることから、事実上ルノー社による日産自動車の買収という印象が強かった。
 かつては「ミスター・ニッポン」と謳われて、日本経済の躍進と奇跡の象徴とさえ仰がれていた「日産」(社名の由来からして「日本産業」それ自身だったのだ!)が、みるみる栄光の座から転落して、遂に世界企業の中ではそんなに強力であるとも思えないフランスの国策企業(ルノー)に事実上の"買収"同然の目に遭わされ、「第二の進駐軍」ともいうべき「ゴーン軍団」の言うがままに動かざるを得なくなった。 (21ページ、『日産ゴーン「成算ありやなしや」ポスト日本式経営の実験』)
 特に、同年10月に発表されたリバイバルプランは、5工場の閉鎖と2万1千人の希望退職が書かれていた。このことから、ルノー社から派遣されたカルロス・ゴーン氏は無慈悲なコストカッターとも呼ばれ、ルノー社時代に行ったベルギー工場の閉鎖のことも話題にのぼった。 また、ルノー社から20数名の社員を引き連れてきたことより、駐留軍とも呼ばれた。  しかし、カルロス・ゴーン氏の改革の成果が出てV字回復を成し遂げると、カルロス・ゴーン氏は、日本人とは比べものにならないほどのエリートであるという考えが流布しだした。 その論調はカルロス・ゴーン氏の経営手腕を称えるよりは、日本人では改革できないことを主張しているようである。  ところが、日本のそれらの論調に対してカルロス・ゴーン氏自ら『ルネッサンス』と『カルロス・ゴーン 経営を語る』という本で改革の手法のアイデアを公開した。
 生意気なようだが、どの本で会社の立て直し方を学んだのかと聞かれても、書物から学んだのではないと答えるしかない。 その種の本を読む必要性を感じたことは一度もないからだ。たしかに他の人の仕事のやり方を知るのは興味深いことかもしれない。 しかし、結局のところ自分で実際にやってみることに勝る方法はない。(4ページ『ルネッサンス』)
 カルロス・ゴーン氏の改革はアントレプレーナーシップを重視したトップダウン改革方式であり、ジョン・P.コッター氏の8段階変革プロセスによく似ている。 多くの人たちの話しを聞いて理解する経営者だと推測される。 ただ、企業改革は並大抵の努力では実現できない。 守旧派と正面対決すれば、社内に不安感や不信感を広めてしまう。 といって、行動が遅ければ守旧派の否定的な情報操作により、改革は頓挫してしまう。 守旧派を出し抜くことが必要で、きれいごとでは改革ができないことをよく理解していた。

 カルロス・ゴーン氏は日産の改革を次のように語っている。
 「長期間業績が低迷した企業が、短期間に生き返るのに必要な条件は5つある。
  • 第一に単純で明快な計画を持つこと。
  • 第二にすべてのことを一時にやるのではなく、取り組むべき優先順位(プライオリティ)を確立すること。
  • 第三にトップはキチッとコミットメント(実行責任)を果たすこと。私も、1年間で公約を果たせなければ、日産を去ると約束した。コミットメントなしにはリストラはできません。
  • 第四に、社内の円滑なコミュニケーション。危機の時ほど従業員との会話は重要だ。従業員と話し合い、それによって彼らが活路を切り開けることをわからせることは大事だ。
  • 第五に人を選び、信頼して責任を与えることである。
 日産では、NRPという将来に明確な展望のある計画を持った。 信頼できる中身があり、実現できる方法がたしかで、中期的にも長期的にも従業員のやる気が起こるようなビジョンを持ったことの意味は大きかったと思う。 企業はクリアな将来計画を持つことが必要だが、それは従業員がぜひやってみたい、やりがいがある、という気持ちになるものでなければならない。 従業員に希望を持たせるだけでなく、コミットメントを達成し、ターゲットに近づこうという気持ちにならなければ元気はでない」(170〜1ページ『ホンダDNAの伝承術』)
 日産リバイバルプランは、過去に日産にあった改革案に似ているという話しがある。 企業戦略はプランだけでは実行できない。 アクションプランをいくら細かく作成しただけでは、実行できない。 企業戦略を最後まで遂行し、成功に導く多くの社員の熱意が重要である。 多くの社員が全力を尽くせるビジョンがなければ、企業戦略は実行できない。

 企業が持つ潜在能力(未利用資源)を見極め、これを活用して、企業を再生するのである。 企業を破綻に追い込んでいる根本的な原因は、ライバル企業の存在ではなく、企業そのものの持つこだわり、先入観、偏見が社内のルールや企業文化に根を下ろしているからである。 潜在能力の発揮を阻害している既存のルールや企業文化を変えて初めて、企業戦略を実行可能になるのである。 そのために、新たなパースペクティブ(経営理念、ミッション、ドメイン、コアコンピタンス等)を構築し、組織に浸透させなくてはならない。 カルロス・ゴーン氏が日産りバイバルプランの成功は半分は確信していたが、残り半分は出たとこ勝負であった旨が書かれている。 確信を持っていた部分は、ルノーと日産とでのプラットフォームと部品の共有によるコスト削減効果であろう。 出たとこ勝負の部分は、新しいパースペクティブが組織に浸透し、社員それぞれが持っている力を最大限に発揮してくれるかどうかであろう。 それがコミットメントであった。

U.カルロス・ゴーン氏の日産改革の特徴

 日産自動車がルノー社と提携した時、マスコミはそろって日産自動車の企業風土の悪さを喧伝した。 しかし、企業風土は良い、悪いという軸で判断できるものではない。 企業風土は良い面も悪い面も持ち合わせたポジションなのである。 そのポジションが事業と適合せず、マイナス面ばかりが目立つので企業風土が悪いと言われる。 自動車は首尾一貫した考えが要求される商品である。 これに対応するように、組織も首尾一貫して動けるようにしたのが、日産リバイバルプランである。
 カルロス・ゴーン氏は、日産自動車の業績不振の原因となった企業風土を下記のように捉えた。

  1. 収益志向の不足
  2. 顧客志向の不足と、同業他社の動向に過度にとらわれていたこと
  3. 部門、地域の横断的機能と階層を乗り越えた業務の不足
  4. 危機感の欠如
  5. ビジョンや共通の長期戦略が共有されていなかったこと
 カルロス・ゴーン氏の改革は、『ルネッサンス』という本の題名にあるように、資本力に頼った企業再生でなく、人を中心に置いた改革であることを表している。 人が本来持っている創造性、つまり考える力を引き出した。 手馴れた楽な仕事を続けたいという不合理な衝動を持った社員に、現状打破の前向きな姿勢に変える『マインド・セット』だった。

 野中郁次郎氏は『企業進化論』の中で、企業を『業務遂行上の成功要因』と『日常の行動規範』という視点でみている。
 カルロス・ゴーン氏は新しい日産自動車の『業務遂行上の成功要因』と『日常の行動規範』を、トップダウンで定義し直した。 カルロス・ゴーン氏は改革の概要(『業務遂行上の成功要因』という抽象的なもの)を決め、日産の社員が詳細(具体的な計画)を決めたというのが的を得ていると思う。 それを『日常の行動規範』によって、具体的なプラン(日産リバイバルプラン)を実行させた。 そのためには、『日常の行動規範』(企業戦略の一部)に合せて、業務プロセスと人事プロセスも変更した。

 ボトムアップ経営という言葉は、誤解されている。 ボトムアップ経営は企業が漸進的変化をする時には有効であるが、大きく変化しなければならない時は無力である。 企業が大きく変化を必要とする時は、企業家精神を持った経営者が現れなければならない。 社内からそのような経営者が現れる企業もあれば、社外から招聘せざるを得ない場合もある。 それができない場合、企業は混迷することとなる。
 「日産に初めて着任した時、私は日産が非常に混乱しているのに非常に驚いた。 社内には明確なプライオリティがなく、従業員はどうしたらよいかわからずに、めいめいが勝手に動いている状況だった」 2002年4月、日産自動車のカルロス・ゴーン社長は、東京・銀座の日産本社を訪ねた私に、ルノーが副社長のゴーン氏を日産のCOOとして派遣した99年3月当時の思い出を語った。(168〜9ページ『ホンダDNAの継承術』)
 日産の社内は政治ゲームが横行していた。 日産の組織は部門の長が、部下といっしょになって予算獲得ゲームを行ない、帝国建設ゲームを行なっていた。 上司は支配者としてのパワーを使い、部下はステータスの高い人に対して個人的な忠誠を誓うことによってスポンサーとなってもらっていた。 結果、部門も個人も自分達の仕事を専門家の仕事と見られるように、それらを隠し1人占めにしていた。 企業文化は、社内政治を映し出した鏡である。 鏡の中の映像は変えることはできないが、社内政治の在り方は変えられる。

 企業改革は、トップの思いだけでは成功しない。 トップの思いを現場で遂行できるミドルの活動が重要である。 カルロス・ゴーン氏の改革は、ミドルの活性化なしには成功しなかったであろう。
 悪い文化(セクショナリズム)を解消すれば、日産自動車は復活するとは考えていなかったようだ。 悪い文化と対立すれば、時間が無駄に過ぎ去ってしまう。 この状態は、まさに守旧派の術中にはまってしまう。
 守旧派などはほっておいて、新しい文化を確立してこそ企業改革は成し遂げられる。 守旧派は因果関係を調べられない否定的な事実を悪用することで情報操作を行なって改革を頓挫させてしまう。 そのため、燃えるプラットフォームで守旧派を驚かせて、動けないようにした。 日産リバイバルプランをスピードを持って行なうことで、守旧派に付け入る隙を与えなかった。 このように新しい文化を確立して初めて、日産自動車は復活できると考えていた。

 『悪魔は細部に宿る』の言葉にあるように、守旧派は仕事そのものを会社から盗み、他の人たちにわからないようにして、自分たちの身を守っている。 会社全体の仕事の流れを誰でもわかるようにしたのが、クロス・ファンクショナル・チームであった。 そのために、優秀なミドルをスポンサーシップから引き離し、守り、味方に付ける戦略をとった。 クロス・ファンクショナル・チームのメンバーは、カルロス・ゴーン氏が直接面談し選んだ。 選考基準は頭の良さや、業務をよく理解しているかではなく、現状打破する前向きな姿勢が重視されたものと考えられる。

 経営トップは責任を持って、優先順位が正しく守られるようにしなくてはならない。
 優先順位を正しく設定し直すためには2つのステップが必要である。 第一に、プランニングを中央集権化すること。第二に、実施に際しての明確な責任系統の確立である。 社員全員が一点のあいまいさもなく、誰が意思決定し、誰が実施責任を負うのかわかっていなければならない。
 2つ目のステップについて、日産ではマネジメント側の思考様式を変える必要があった。 以前は、誰が責任者か、誰が何を担当しているのかが明確になっていなかった。日産のマネジメントは、複数の地域、機能、プロジェクトの寄り合い所帯のようなものだった。 戦略は往々にして漠然としており、寄り合ったメンバーは自分なりの仕方で戦略を解釈し、自分なりのやり方でそれを実行していた。(167〜8ページ『ルネッサンス』)
 カルロス・ゴーン氏は日産リバイバルプランの実行に際して、失敗した時は辞任することを約束した。 それも役員全員を引き連れて辞任することを約束した。 カルロス・ゴーン氏は、自分の選んだミドルを守るため経営陣に引責辞任を求めたのである。

 日産社員の多くは、私がなぜ会社運営のあらゆる面にそこまで首を突っ込むのか戸惑っていた。 しかし、私はミシュラン入社当初に工場で働いた時の経験から、マネジメントが会社の現状を詳細に把握していなければ会社を正しく導くのは難しいと思っていた。
     (中略)
 私は、危機的状況にある会社には社長が知らなくてよいことなどひとつもないことを示したかった。 社長たる者、顧客満足や価値創造にかかわるすべての事柄について、仕事をスピードアップさせる機会や仕事を妨げる障害のすべてについて知っていなければならない。(『ルネサンス』166ページ)
 仕事をスピードアップさせる機会や仕事を妨げる障害とは、古い企業文化に基づいた行動である。
 日産リバイバルプランが発表されて、マスコミが絶賛したのはコミットメント(必達目標)であった。 『この目標を達成できなければ辞任する』、と言うカルロス・ゴーン氏の言葉であった。 このことがリバイバルプランの信頼性を担保し、社内的にも社外的にもカルロス・ゴーン氏が全力投球する意気込みを知らせた。 目標が達成できなければ、カルロス・ゴーン氏が辞任する前に、責任を果たせそうにない部門の責任者のクビがます飛ばされることは明らかだ。
 これは守旧派の否定的な情報操作を、機先を制して防止したのである。 守旧派は、理由にならない理由を雄弁に語って、感情的な議論を煽り、人々を反対にまわらせれば改革を遅らせ、もしくは阻止することができる。 例えば、CEOの給与が高すぎるとか、全てを進駐軍がとりしきっている、等の情報操作し、マスコミの否定的な報道の呼び水にする。 企業改革はある意味で、守旧派との戦いである。

 私はいろいろな場所に出かけていきます。 そして、どこに行っても同じことを社員に伝えます。 相手によって態度を変えて、言いたいことを抑えたりはしません。 私が身を置いているのはただひとつの世界――日産という世界だからです。 そこには部門の壁も、地域の壁も、また派閥などの特別のグループの壁もありません。 いや、実際にはそうしたものが存在するのかもしれませんが、私はそれを意識しませんし、そのような視点に立って考えたこともありません。 私にとって日産は日産で、それ以上切り分けることができないものなのです。(365ページ『カルロス・ゴーン経営を語る』)
 カルロス・ゴーン氏の戦略にリアリティがあると言われている。 日産リバイバルプランはそれまで日産自動車にあったプランと概要は似ているが、戦略を行動にどのように落とし込む枠組みの造り込みが全く違う。 一般的には、プランをアクションプランという同じプランで補っていた。 しかし、日産リバイバルプランは、マインドセットによって実行をより確実にした。
 リバイバルプランの結論は、日産社内に初めから存在していたという事実である。 ルノーとの提携直前に日産単独でつくった再建計画とリバイバルプランは本質的になにも変わっていない。 ではなにが変わったかというと、リバイバルプランには目標達成にいたるまでのプロセスが克明に書き上げられていることだ。(『カルロス・ゴーンは日産をいかにして変えたか』)
 経営トップや管理職たちの思考様式を変えるには、透明性が高くスピーディな新しいシステムが必要だった。(219ページ『ルネッサンス』)
 第一の障壁は、企業がビジョンと戦略を理解し実行できるように、わかりやすい言葉で置き換えることができないときに起こる。
 高潔なビジョンと戦略を行動にどのように落とし込むかについて基本的な合意がないと、その結果は、分裂状態となり、努力しても部分最適で不完全なものになる。 CEOと経営トップが戦略の真の意味についてコンセンサスを得ていないと、各グループは、ビジョンと戦略について独りよがりの解釈をし、品質、継続的改善、リエンジニアリング、エンパワーメントなどを、それぞればらばらに追求することになる。 しかも、その努力は、全社的戦略と首尾一貫してリンクしていないので、統合できず、累積もできない。(245ページ『バランス・スコアーカード』)
 2番目の特徴は、全体の戦略が各部門のチームや個人のゴールに、うまく落とし込まれていることである。 戦略に業務プロセスと人事プロセスを合せることによって、社員のモチベーションが有効に働く仕組みを作り上げている。
 ビジネス・ユニットの戦略に関する要請が部門のチーム、個人のゴールに落とし込まれていないとき、第2の障壁が生じる。 部門の業績は、伝統的マネジメント・コントロール・プロセスの一部として確立された財務予算を達成することに集中している。 したがって、各部門のチームや個人は、長期的戦略のゴールを達成するよう能力を活用せず、ひたすら部門の短期的かつ戦術的ゴールの達成にリンクしているゴールを持つことになる。 この障壁により、おそらく人事担当者が個人とチームのゴールを全社的目標に整合させるのに失敗するケースが発生する。
 3番目の特徴は、個人に行うコーチングを組織に対して行ったことである。 カルロス・ゴーン氏がマトリックスの向こうに見た真実を、『燃え盛る甲板(プラットフォーム)』のメタファー(比喩)を使い、傍観せず行動することを促した。 破綻する企業には、会社としての目標がない。目標がないから、それぞれの部門が勝手に目標あげ、セクショナリズムに陥る。 業績の悪い会社は、危機感に訴えることによって、全社員が共通の認識に立て、改革が始まる。
 なぜカルロス・ゴーンという人物がこの改革に力を貸すのかを明らかにしたをも説明している。 それは、ヘルピングにおける"係わり技法"にも相当する。

 彼はどうやったら「人を動かす」ことができるか熟知している。(159ページ『カルロス・ゴーンは日産をいかにして変えたか』)
 日産リバイバルプランでよく言われることは、『解決策は常に社内にある』であり、本の題名にもなっている。 まさにコーチングそのものである。
 日産が抱えている問題の解決策は社内にある。 私がそう確信したのは、ミーティングである問題について解決策をたずねた時だった。 私の問いに対して、参加者からごく自然に、さまざまな提案や解決策がでてきたのである。
 日産リバイバルプラン(NRP)の作成を外部コンサルタントに依頼するのは、あきらかにおかど違いというものだった。 何度かディスカッションのあと、私たちは次の合意に達した。
 「信頼性を確保するためにも、この計画は日産内部で作成する。 そうすれば、これはわれわれが立てた計画だ、これはわれわれのものだ、と胸を張って言うことができる」(171〜2ページ『ルネッサンス』)
 カルロス・ゴーン氏は、自動車メーカーの中核となる能力のひとつが“設計におけるVE”にあることを見抜いていた。 “設計におけるVE”こそが、かつて日本企業が世界で最も優れた商品を手ごろな価格で提供できた能力であった。 問題は日産側と部品メーカー側にあると考えた。 日産側では、設計部門と購買部門を同じフロアーに配した。 大幅な部品単価の引き下げを求めることによって、日産側では古いルールや慣習の廃止を、部品メーカーには提案能力の向上を求めた。

 クルマは首尾一貫した考えのもとで作り上げられた商品でなくてはならない。 これに対応して『クロス・ファンクショナル・チーム(CFT)』を作った。 『クロス・ファンクショナル・チーム』は、全社的な見方のできる人を集めてきて、全社的なマーケティングの視点から解決策を見出すためのものである。 『クロス・ファンクショナル・チーム』が作成したプランは、既存のラインで実施される。 既存のラインの方が、実行に対して深い知識を持ち、うまく実行できるからである。 しかし、既存のラインではセクショナリズムに支配されているため、全社的な視点からの解決策は出てこない欠点を持っている。
 部門ごとに問題に取り組み、解決策を見出そうとした。 そして、何かしらの策は見つけるのだが、部門内だけの解決策で、会社全体の問題の核心に迫るものではなかった。 まるで右手と左手が別々に動き、お互いに何をしているのか分らないまま粘土をこねているようだった。
       (中略)
 こうして誕生したのがクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)だった。これは会社が直面した問題をさまざまな視点から検討・分析するという、差し迫った必要から生まれた。(84〜5ページ『ルネッサンス』)
 マネジメント上層部の人間は、改革を目指すCFTに必ずしも最適任とは言えない。 改革の気運は経営トップによってもたらされるわけではなく、あらゆるレベルから澎湃として湧き上がってくるようでなくてはならない。 CFTには現状を変えたいという意欲を持つ、有能で見識のある人材を投入しなくてはならない。(173ページ『ルネッサンス』)
 個人に対するカウンセリングでは、自己理解が進めば自ずと解決法は見つかる。 組織を対象とした改革では、自己理解がそのまま解決法につながるものではなく、創造力や革新性が必要となる。 カルロス・ゴーン氏は、多くの事例を示しながら、社員たちを鼓舞していったという。

 9つのCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)を組織して、社内の問題点を洗い出し、具体的な目標設定まで行なわせたわけだが、これなど、どう考えても初めに結論ありきとしかいいようがない。 もちろん若手社員を中心に自由に議論させることがどれほど意義のあるものか十分承知しているが、 最終的な目標設定の段階では、明らかにゴーン氏主導になっていたと異口同音に語っている。
 「ゴーンさんが納得するまで、目標は引き上げられてきました。 やはりゴーンさんにはゴーンさんの“絵”が初めからあったのでしょう。 しかしそれを押し付けたのでは説得性がなくなってしまいます。 逆に、すべて自分たちが議論し、決めたことだという形をとれば、有無を言わさずに目標達成を強制できますからね」
 カルロス・ゴーン氏の行っているのはコーチングであり、ストレッチ目標として達成可能な範囲で、せいいっぱい目標を引き上げるのは当然のことである。 “操作主義でもなく、でたとこ勝負ではなかった”というのは正直なところであろう。

 4番目の特徴は、最初から全員参加で改革を行わなかったことである。 企業改革は、パワーゲーム(社内政治)という性格を持っている。 改革に失敗したら辞めますという、志の清さが効果的にきいた。  カルロス・ゴーン氏は改革に積極的な人たちが先んじて改革を行い改革が成功すれば、残りの人たちも参加し、結果として全員参加させることを目論んだ。 企業のポストの数はほぼ決まっている。人脈によって、何もしなくても昇進が期待されている人たちにとって、変化することは好ましいことではない。 また、社内の人脈を守るためにあえて改革に消極的になる人々もいる。これが守旧派である。

 カルロス・ゴーン氏は自分の意に添わない人々を強力に退けたという。「全体的な方針は良いのだけど、実行はなかなか難しい」という言い方をする人々である。 その言葉の意味しているのは、口では賛成しているのだけれども、異義は唱えず、自分達の利益を優先し、わからないように改革の実行を阻止することである。 社内がひとつにまとまって団結しなければならない時に、組織を分断して派閥を作り、自己の利益を優先する輩には、退いてもらわなくてはならない。
 なお、カルロス・ゴーン氏は自分の意に添わない人々を強力に退けても、切り捨ててはいない。 それらの人々には担当する業務を代えて、新たな目標に向かって頑張ってもらっている。 具体的には、10人の執行役員の内2人に退いてもらったという。 いわゆる大人の対応である。
 一般に、問題を抱えた会社では、新しい方法や適切な解決策を見つける作業にそれほど大きな抵抗は生じない。 無関心な人や反応の鈍い人はいるが、面と向かって異論を唱える人は少ない。傍観を決めこんでも、あえて妨害しようとはしない。 彼らにしても心から会社の状況を憂いているからだ。即座に賛同し受け入れる人もいれば、結果を見てから参加しようとする人もいる。(173〜4ページ『ルネッサンス』)
 CFTのメンバーをカルロス・ゴーン氏がみずから選んだのは、下記のような人を集めたかったものと考えられる。  『業務遂行上の成功要因』は、カルロス・ゴーン氏がトップダウンで作った部分が多い。 ルノーと日産のクルマのプラットフォームと部品を共有化しコストを削減し、それでいて個性や味付けの異なるクルマに仕上げるというものであった。 いすゞ自動車のデザイナーの中村史郎氏をスカウトし、デザイン、商品企画部門を独立させた。 購買部門の地位を向上し、開発部門と同居させた。エンジニアを1000人増やした。 士農工商と言われた組織形態を変え、会社の軸足を生産から開発に置き直した。 リストラクチャリングはスケールダウンではない。 目に見えない企業体質を変えることによって、目に見える事業形態が変わることである。 工場閉鎖は企業体質を変えていく妙技であった。 多すぎる工場の存在そのものが、企業パワーのバランスを崩していた。
 日産は現在、魅力ある製品を開発し、日産ブランドを浸透させ、販売するという本来の仕事に取り組んでいる。(197ページ『ルネッサンス』)
 もうひとつが、アメリカでの新工場の建設である。
 なぜ、北米市場が今、いちばん儲かるのでしょうか? それはあらゆるタイプのニーズがあり、市場規模も大きく、しかも、そこにはひとつの文化しかないからです。 米国で宣伝キャンペーンを打つ場合、1600万台の市場に対してひとつの文化しかないからです。 米国で宣伝キャンペーンを打つ場合、1600万台の市場に対してひとつの宣伝でいいのです。 同じ理由から、ディーラとのやりとりでも、苦労することはありません。 1600万台の大市場に、ひとつの文化、1種類のマーケッティング、しかもそこにはさまざまな需要のヴァリエーション――つまり業界で言うところの豊富な“ミックス”があるのです。(377〜8ページ『カルロス・ゴーン経営を語る』)
 組織の管理システムの再構築も行った。 優先順位とガイドラインは社長の仕事とした。優先順位については以下のように書いている。
 優先順位を定め、それに従って行動するべきである。どこに問題の核心があるか知るには、損益計算書を見なくてはならない。 調達コストが総コストの60パーセントを占めているなら、まずその分野を優先順位に従って徹底的に分析しなくてはならない。 問題を認識し、原因を突き止め、それから初めて削減計画にとりかかることができるのである。(167ページ『ルネッサンス』)
 以前の日産は、昔ながらの日本的なやり方で運営されていた。 議論になりそうな問題を誰もが納得する形でオープンに話し合うことは敬遠され、解決の努力は舞台裏で進められた。 問題が経営委員会にかけられることはあっても、そこで明確な決断が下されたり話し合われることはなく、結局はその問題を持ち出した部門に差し戻され、決着がつかないまま放置されていた。
 そこで、私たちは新しいマトリックス組織モデルを導入した。 日産が事業を行なっている地域を日本、北米、欧州、その他の4つに分け、これを地域軸とした。 それとは別に、職務内容によって日産をマーケッティング・販売、商品企画、技術・開発、生産、購買、経理・財務、人事、コーポレート・サポートなどに分けて、これを機能軸とした。 この2つの軸が交差してできるマトリックスに従って世界の日産を運営していこうというのがマトリックス組織である。
 2つの軸があるために、社員は2つの責任を負う(2人の上司を持つ)ことになる。 1人の社員は、自分の属する地域で収益を上げることと、自分の属する職務をグローバルに効率化し収益性を高めることの、2つの責任を持つ。 このような組織では極めて高い透明性と絶え間のないコミュニケーションが必要となる。(229ページ『ルネッサンス』)
 マトリックス組織の考え方は新しい考え方ではないが、今まであまりうまくいった組織形態ではなかった。 マトリックス組織をうまく運用するコツは、企業理念とそれを実現する経営哲学が組織によく浸透していることが必要になる。

 戦略を実行する際の第3の障壁は、行動計画と資源配分を長期戦略の優先順位にリンクできないことである。 一般に多くの企業は、長期的な戦略の立案と短期的(年度)予算の編成を別々のプロセスで行っている。 その結果、自由裁量的資金管理や資本配分は、戦略の優先順位にリンクせず無関係なことがしばしば起こる。 したがって、リエンジニアリングのような重要事項が、戦略の優先順位や戦略的影響などをほとんど考慮せず行われることがある。 さらに、月次や四半期ごとの見直しは、戦略的目標との関係での良し悪しではなく、操業度の予実差異の説明に集中している。 ここでの失敗は、戦略の立案と財務計画の担当責任者が、努力を各部門の問題とするのではなく、いかに全社的に統合すべきかを理解していないことにある。(247ページ『バランス・スコアーカード』)

V.日産リバイバルプラン

 一般的な企業改革は、下記の3ステップで行われることが多い。

  1. 企業理念、社員行動規範、企業ドメインを再構築し、全体計画や部門計画を策定し、社員ひとりひとりが新たな目標に向かって努力できる環境を作る。
  2. 上記の計画(戦術)に沿って、戦略を策定し実行する。
  3. 体質が転換できた新しい企業の生産性と品質の向上を行なう。

 日産自動車の改革の第一段階は、ルノーと日産自動車が提携した時から既に始まっていた。 日産自動車はルノー社によって一方的に提携(買収)されたイメージが強かった。 しかし、ルノー/日産アライアンスでは、“日産とルノーはイコールパートナーで、協力してグローバル戦略を遂行する”ことが謳われている。 一見、実態のない美辞麗句のように受け止められていたが、ルノー社が日産自動車の社員に受け入れられるように考えた『日産自動車の理想の未来』であった。

 この“理想の未来”を実現する手段として、日産リバイバルプランが1999年10月18日に公表された。
 リバイバルプランが成功したかどうかの基準を表す目標を、下記の《コミットメント(必達目標)》で決めた。 戦略ともいえる全体計画が《主要リストラ策》と《資源の再配置》のプランである。

《コミットメント(必達目標)》
《主要リストラ策》
《資源の再配置》
 日産が新車開発で遅れをとったのは、コア・ビジネスに集中していなかったことの結果である。(168ページ『ルネッサンス』)
 ノンコア資産を売却し、有利子負債を減少させるだけでなく、新車開発投資を大幅に増加させた。 日産自動車が株式を保有するのは、日産車体、ジャトコ、日産工機、愛知機械の4社である。
 戦略を実行する際の最後の障壁は、戦略の実行結果や機能に関するフィードバック情報の欠如にある。 今日の多くのマネジメント・システムは、短期的でオペレーショナルな業績のフィードバックで、その大部分は財務的業績評価指標であり、しかも月次ないし四半期ごとの予算と実績の比較である。 戦略の実行と成功に関する指標を検討する時間は、ほとんど費やしていないのが現状である。実態調査によると、企業の45%が、定期的な業績見直し会議で、戦略の見直しや戦略に関する意思決定にほとんど時間を割いていない。 このギャップは、情報システム担当責任者の責任下にある情報不足や、財務担当責任者の件現によって組織され実行されている戦略的見直しプロセスにも原因がある。 その結果、企業は、戦略についてのフィードバック情報を入手する方法が全くないことになる。 そこで、戦略的マネジメント・システムとしてバランス・スコアーカードを利用する最終的成果は、企業が単に業務を見直すのではなく、定期的に戦略を見直すときに、その成果が現れる。(248ページ『バランス・スコアーカード』)
 結果、日産リバイバルプランは1年前倒しで達成された。

 カルロス・ゴーン氏は、使命感ある実行を行い、結果として日産を再生させたと評価されている。 緊急命題の財務の再建は達成された。しかし、競争力のある車の開発・販売、ブランドの強化という面では、まだ道中ばということろであろう。
 はっきり言えば「合理化」だけでは会社は立ち直れないのだ。 合理化や利益率のアップによる財務の立て直しは再建への必要条件だが十分条件とは言えない。 「財務の立て直し」のほかにもうひとつ「本業の立て直し」という大事業が残っているからだ。(46ページ『カルロス・ゴーンは日産をいかにして変えたか』)
 日産リバイバルプランによって、ルノーと日産のクルマのプラットフォームと主要部品の共用にコスト削減を目指す。 その結果、ルノーのクルマと日産のクルマが競合する危険性がある。 これを回避するために、イメージのあいまいな日産車は今以上に日産らしいアイデンティティを持つ必要がある。

 日産リバイバルプランの後の計画として、日産180という計画が実行されている。 ひょっとしたら日産180計画は達成されないかもしれない。 それはそれで残念なことかもしれない。 しかし、企業はストレッチした目標を持たなくてはならない。 ストレッチされた目標である限り、達成できないことは起こりうる。 本当に大事なことは目標が必ず達成されることではなく、ストレッチした目標に全員で熱心に取り組み、ストレッチされた思える結果を残すことである。 『小人、閑居して不善を為す』のことわざのとおり、一心に取り組める目標がなければセクショナリズムを形成する方向に動きやすい。 センショナリズムの再形成防止の立場から、例え目標が達成されないリスクがあっても、ストレッチした目標を掲げ続けるだろう。

 しかしながら、カルロス・ゴーン氏がルノーと日産の共同CEOになった時、改革が終わったとの印象を与えてしまった。 カルロス・ゴーン氏の改革は、ハーバード大学のジョン・コッター教授の理論どおりに行なったものであった。 そのことを後継者に教えていなかったではなかったかと思われる。
 また、社会人野球は社員を指揮を鼓舞するのに必要と、守旧派にだまされてしまった。 カルロス・ゴーン氏の日本企業の仔細ところまではわかっていないと、つけいる隙を与えてしまった。 結果として、企業文化を変える人事制度や社員教育システムを無力化されてしまったものと推測される。
 再度、改革をやり直すのは、日産リバイバルプランの数倍のエネルギーを必要とするだろう。 日産リバイバルプランで育った人物を中心に、おもいきった権限委譲で、改革を続行すべきと考える。

参考文献


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