ロン

 1997年3月8日朝。私と友人は四国北西部のとある川に立っていた。

 ガイドブックや地図などを見て情報収集し、この辺がいいんではないかいと適当に決めた場所である。

E県某村某川

 宿の食堂の壁には古ぼけた尺アマゴの写真が飾れていた。宿を出るときに主人が「このすぐ下でも十分釣りになるよ」とありがたいアドバイスをしてくれた。その一言で気合い十分の釣行開始となった。宿のすぐ脇の階段から河原に降りた。

 春の陽射しは眩しいが、まだ風は冷たい。中国山地に比べ実は四国山地の方が山深いのである。中国地方最高峰の大山よりも高い山がゴロゴロしている、というのは嘘だが、石槌、剣など高い山が多く、また山地全体のボリュームも四国の方が大きいのは確かである。

 まあそんな説明はどうでもいいのだ。とにかく釣りである。しかし、期待に反して釣れないのがこの釣りというやつだ。魚影など全然見えないし、外道のアタックさえない。コンクリートの護岸に囲まれた幅約20mの河川区域のうち水面は半分ほどである。やや大きめのごつごつした石が転がっている。石の間の草はまだ冬の装い。枯れたままである。

 その枯れた草が後方で動いたような気がした。友人が近づいてきているのかと思い振り向いた。枯れ草よりもやや褐色の柴犬が何故かそこにいた。尻尾を振りながらこちらに来る。

 その柴犬の喜び様は異常だった。まるで五日ぶりに散歩に連れだされたかのようだ。最初は私の隣の石の上で、こちらを眺めながら座っていたのだが、だんだん行動がエスカレートしてきた。私の繰り出すフライラインとじゃれ合うように、走り回る。水の冷たささえ恐れずに、ざぶざぶと川の中にまで入ってしまう。私は笑うしかなかった。

 「ロン!邪魔してはいけません。」川の上から、宿の主人が叫びながら降りてきた。宿の犬とは知らなかった。主人に叱られ川からあげられるロンは少しひねくれた様子を見せていた。まあ悪いヤツではなさそうだ。利口でもなさそうだが。話を聞くと、どうやら釣り人と遊ぶのが好きらしい。私は全く魚の気配も感じていなかったので、良い暇つぶしになったが、怒る釣り人もいるだろうな。

 その後、結局一匹タカハヤを釣り上げただけで、我々の四国釣行は終わったのだった。


 はしゃぐロンその1

 ロンのクローズアップ

 はしゃぐロンその2