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7.  立 岩 が 消 え る
山の雑記帳
 穂高へ向かうときいつも通る上高地から横尾までの道は、梓川の清流に沿ったほぼ平坦な気持
ちのいい樹間の道なのだが、梓川の清流を見ながらそのすぐ縁を歩くところは意外と少ない。
 上高地を出て4〜50分ごとに明神、徳沢を過ぎ、ようやく横尾に着くという頃、不意に梓川の縁
に出て心地よい風が汗ばんだ身体を包んでくれる所がある。そこは、狭くなった梓川がすぐ下を流
れ、秋ならば、清流の向こう岸には色づいた紅葉が目を引き、誰でも足を止めたことのある所だと
思う。 そして足下の流れの中には、「立岩」という名前のついた見事な縞模様の特徴ある形をし
た岩が座っており、いい岩だなあ・・・と通るたびに足を止めて眺めるのが楽しみだった。

 ところが今年の10月、いつものようにそこに立ち止まったものの「立岩」の姿が見えない!。
どうしたのかとよくよく見ると、道と梓川の間の河原に工事用らしき道が出来て、その土砂に埋まっ
てしまい、頭だけをかろうじてのぞかせていた。・・・・・それを見たときは声も出なかった。
梓川の清流の中に座る「立岩」 1984年10月(下流側)
清流の中の「立岩」 1993年10月(上流側)
工事用道路に埋まった「立岩」 2004年10月(上流側)
2004年6月
2004年10月
 山は不動、不変の象徴のように言われるが、
人の世と同じように、山もまたひと時としてとど
まってはいない。
 穂高へ通いはじめて40年以上になり、その
間にはいろんな所で変化を目にしてきた。梓川
もまた姿を変えてはきたが、それらは自然現象
としての変化だった。
 「立岩」もただの河原の石と言ってしまえばそ
うかも知れないが、私にとっては長年つきあって
きた友人みたいなもので、それが工事用の道路
に埋もれてしまうのは何とも悲しい。

 これからは、あそこを通るたびに寂しい気持ち
にさせられることだろう・・・・・。
2004年11月 木橋からみる立岩(中央)
(2004.10.)