「少欲・知足」はさまざまな人生訓をはじめ、よくいわれる言葉である。
しかし、足るを知ることが幸せにつながると、お釈迦さまがすでにいわれて
いたことは、あまり知られていないのかもしれない。
お釈迦さまが最後に説かれた説法をまとめた 『遺教経』 に仏道修行者が守るべき
8つの徳目として、「少欲・知足・寂静(じゃくじょう)・精進・守正念・
修禅定(しゅぜんじょう)・修智慧(しゅちえ)不戯論(ふけろん)」 があげられており、
これらの徳目を修行すれば、「知足」 の境地に達するとされている。
凡人である我々が修行者 と同じようにすることはむずかしくても、
少なくとも「知足」の心は学びたい。「知足」は、いうまでもなく、
足るを知る心である。足るを知っている人は豊かで幸せであり、身も心も
おだやかである。そして、前述した四苦八苦の苦もまた軽減されるはずである。
しかし、不知足の人、つまり足るを知らない人は、つねに不満が絶えない。
欲望は はてしなくふくらむもので、きりがなく、自分は不幸だと思いがちである。
お釈迦さまはおっしゃっている。
「不知足のものは、富んでいても心が貧しい。
知足の人は、貧しくても心が富んでいる」
と。私たちは、たとえ貧しくても、やはり心が豊かなほうを選びたいものである。
寂静 (じゃくじょう) とは : 煩悩(ぼんのう)を離れ、苦しみを去った悟りの境地。
修禅定 (しゅうぜんじょう) とは : 禅定を修行すること。精神を統一し、
煩悩(ぼんのう)を離れて澄んだ心境に入ること。修禅。
禅定 (ぜんじょう) とは : 精神を統一し真理を探り求めること。
そのための瞑想(めいそう)。

五知足
「吾(われ)唯(ただ)足(た)るを 知る」
地位も名誉も財産もあまり欲張らず、
今ある状態を常に感謝して日々を過ごせという教理。
決して多くを求めず、あるがままに満足する喜びを知る事すなわち、次から次へと
欲望を膨らませず 足るを 知る(満足する) 心を持つことが大切である。という意味。
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