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 流れ橋(1)

     観月橋 (かんげつきょう・小田郡矢掛町)


  小田郡矢掛町は、本陣や脇(わき)本陣をはじめ江戸時代の宿場町 の町並みを色濃く残すことで知られている。この町に大変面白い橋が ある。町並みの南裏手を流れる小田川にかけられた、観月橋である。 町と対岸の嵐山公園を結ぶ橋で、四季折々の風情を楽しむための橋と して親しまれている。
  この橋の特長をまとめて記してみる。@堤防よりかなり低い位置に かけられているA高欄に何もなく、橋脚の上に橋板を固定せずに乗せ ているだけであるB梅雨や台風等で増水すると橋板が浮き上がり押し 流され、橋としての機能を失ってしまうCしかし橋板は一端が岸に固 定されたワイヤロープでつながれていて流失はせず、川の端っこで流 れに平行し、”吹き流し”のように漂うことになるD水量が正常に戻 るとワイヤロープでつながれた橋板をたぐり寄せ、残っている橋脚の 上に乗せ、復旧できる。
  このような橋を「流れ橋」という。流れることを前提にして造られ、 復旧も容易であるという仮設橋である。大雨が降ると、川の上流から 流木や塵芥(じんかい)が流されてくる。それらが橋に引っ掛かると、 流れを妨げて堤防を決壊させたり、橋本体を流失させたりすることに もなる。「流れ橋」では川水があふれると橋板が流出し、流れをスム ーズにする。
  流れに逆らわないことにより災害を防ぎ、また復旧の手がかりをも 残しておくという橋なのである。このような橋は、日本の降水量の多 さと地形の急峻(きゅうしゅん)さという自然条件の中で、自然に逆 らわず、自然と共存して生活しなければならないという生活の知恵が 生み出したものである。
  「流れ橋」は、上流の永久橋(仮設橋に対して)と下流の永久橋の 間に、需要と供給のバランス関係で、特定の利用者の日常的利便性の ため造られたものであった。
  往時には大変合理的なものであったと考えられる。だが、現在では 永久橋がたくさんかけられ、自動車が普及し、維持管理上の問題(め んどうな復旧作業や費用負担)も生じて、非合理的なものとしてだん だんその姿を消している。そこで、「流れ橋」を「日本の橋の歴史的 ・技術的な資料」として、維持管理を含む一連の過程(平常→増水に よる流出→減水→復旧作業→平常)が完全に再現されうるという形で、 後世に伝えたいと考える。
  観月橋は、県内の「流れ橋」としては最大規模で、典型的な事例で ある。本陣、脇本陣の残る矢掛町は「流れ橋のある町」でもある。橋 詰めに説明板を設置する、観光案内で紹介するなど、「流れ橋」のP Rをしてみてはどうだろうか。それは古い町並みと、小田川の清流や 嵐山公園の自然を結び付ける結節点ともなるものではないだろうか。 紙面を借りて提案してみたい。


 以下は、岡山県小田郡矢掛町の観月橋(流れ橋)の写真です。

■観月橋(かんげつきょう)の鳥瞰写真です。




■橋脚の上に橋板を固定せず置いただけの橋です。橋上には手摺りも何もありま
  せん。堤防よりかなり低く、水面に近い位置に架設されています。




■鳥居型の橋脚上に載せられた橋板は、相互が一筋のワイヤロープでしっかりと
  繋がっています。




■洪水になって橋板が流れてしまいました。橋板はワイヤで繋がっているので、
  流出はしますが流失はしません。河川中を一定の位置で筏流しのように漂流す
  るだけです。また河川の中には橋脚上端部のみが一定間隔で見える。




■洪水が収まったあとの状況です。鳥居型の橋脚のみが一定の間隔で残っていま
  す。河川の端部にはワイヤに繋がった橋板が見えます。




■橋板は、河川の中を漂流しています。この写真は、河川に浮かぶ橋板の上を端
  部まで歩いていって撮影しました。




■河川の中に重機が入って、ワイヤで繋がった橋板を手繰り寄せて橋脚の上に載
  せることで橋は容易に復旧します。


 ※もっと詳しく「流れ橋」について知りたい方は、小稿:『岡山の流れ橋』(岡山文庫205 日本文教出版 2000年)
がありますので参照ください。

 いかがでしたか? 流れ橋がどんな橋かわかっていただけたでしょうか?


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