小さな橋の博物館 ロゴ

 岡山の橋

     菅原神社眼鏡橋(笠岡市吉浜・菅原神社)

<概要>

 神社内にある説明板を引用してみる。

笠岡市指定建造物
菅原神社の本殿・眼鏡橋
本殿
菅原神社は、今から三百十余年前の
延宝二年六月(1674年)の吉浜
干拓に伴ない、吉浜村の氏神として
福山藩主水野勝慶が、この地に創建
したと伝えられている。
御神体は、菅原道真の小像である。
<後略>
眼鏡橋
参道にかかる石造りのアーチ橋は、
明治二十年、地元の石工佐藤豊吉が
築造したものである。
このようなアーチ橋は、県下では他
に例がないといわれている。
 昭和五十年一月二十七日指定
      笠岡市教育委員会

 久々に訪れてみると、「眼鏡橋」の説明板ができていた。以下に引用してみる。

県指定 重要文化財(建造物)

  菅原神社眼鏡橋 附眼鏡橋碑

 明治二〇年(一八八七)、地元吉浜村狐崎の石工・佐藤豊吉
(豊造)が棟梁を務めて完成させた、花崗岩製アーチ橋である。
その形から眼鏡橋と呼ばれて親しまれている。
 橋長一一.二m、全幅三.四m、高さ約三m。
 アーチ石橋は九州に多く見られるが、二連のアーチが半円で
なく全円であるケースは、全国的にも珍しい。さらに高欄や全
体の形状は日本的優美さにあふれており、この橋の建造に携わっ
た石工の高い技術水準と、建設費用の出費を惜しまなかった当
時の村人たちの気概のほどが伺える。
 橋のたもとには、久我房三の撰文による記念碑が立っており
橋の由来が刻まれている。
  平成一三年三月二三日 指定
                笠岡市教育委員会


 この眼鏡橋は、アーチ石に花崗岩の五角石を巧みに組み合わせた亀甲積みの橋。太鼓
橋状になって擬宝珠高欄のある精巧なもの。真円アーチとなっている。
 見た目には全くわからないが、アーチ冠頂部の石組みは、切り出したままの粗石を組
んでいて、この部分のみ手を抜いている。

佐藤豊吉(本名は豊造)は地元の石工。嘉永4(1851)年生−明治25(1892)
年没、各地を渡り歩いて修練を積み、赤穂の石工を娘婿に迎えて仕事に連れ回り、この
菅原神社の眼鏡橋も2人でかけたという。

※「菅原神社眼鏡橋、附眼鏡橋碑」が県指定重要文化財となる。(平成13年)

<文献>

日本の石橋を守る会『日本のいしばし日本の石橋を守る会会報アーカイブ 上・下』
 (えぬ編集室 2000年)
 ・山口祐造「岡山県菅原神社の眼鏡橋」(32)
 ・小沼敬一「菅原神社眼鏡橋は真円アーチか」(35)
 ・小沼敬一「本州と四国の石橋」(43)
※( )内は、旧会報のナンバーである。

■菅原神社眼鏡橋

■菅原神社眼鏡橋


2001-2003 Copyright わたなべたかお
文頭へ
前頁へ
小さな橋の博物館トップページへ